トランプ米大統領は6日、パレスチナ人とユダヤ人の係争の聖地エルサレムをイスラエルの首都と認め、米大使館を同地に移転させる方針を発表した。パレスチナなどアラブ各国はもとより欧州からも一斉に反発する声が上がっており、イスラム世界で反米デモの嵐が起きる懸念が強い。
歴代大統領との違い見せ付ける
トランプ大統領は発表で、この決定が「現実を認める以外の何ものでもない。これがやるべき正しいことであり、実施されなければならない」と言明した。しかし、70年も続いてきた米国の政策転換は衝撃的だ。まずはこれがどれほど重大で深刻なことなのかを確認する必要があるだろう。
エルサレムの旧市街地には、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地が集中する。ユダヤ教では、古代エルサレム神殿の外壁である「嘆きの壁」、イスラム教徒では預言者ムハンマドが昇天したという「岩のドーム」とアルアクサ・モスクがある。
イスラエルは1967年の第3次中東戦争で占領・併合した東エルサレムを含め、エルサレムを「不可分の永遠の首都」と主張してきた。しかしパレスチナ側は東エルサレムを将来の独立国家の首都と位置付け、エルサレムがどちらに帰属するかは中東和平交渉の中で、最も困難かつ微妙な問題とされてきた。
このため、各国はエルサレムではなく、商都テルアビブに大使館を置き、エルサレム問題との関わりをあえて回避してきた。これは米国も同様だが、ユダヤ系米国人の影響力が強い米議会は95年、エルサレムをイスラエルの首都とし、大使館移転を政府に求める法律を可決した。
しかし、中東和平の中立的な調停者を演出してきた歴代大統領は外交・安全保障上の理由からとして、半年ごとにこの移転の実施を延期してきた。トランプ氏は昨年の選挙の公約の1つとして、大使館のエルサレム移転を掲げたが、今年6月に一度移転を延期し、12月4日が2度目の延期期限だった。
米メディアなどによると、トランプ氏が6月に延期したのは、中東和平交渉への影響や、反米感情の高まりなどを懸念する政権内部の意見を考慮したからだ。しかし、大統領は延期せざるを得なかったことに我慢がならなかったようで、ホワイトハウスではこの数ヶ月間、移転決定に向けて集中的な検討が行われてきた、という。
つまるところ、トランプ氏は「選挙公約を守る男」であることを断固示したかったということだろう。同氏は既存のエスタブリッシュメントやエリートの意見を嫌い、「米第一主義」に見られるように、“外交的な常識”にとらわれないことを実証してきたが、今回もそうしたトランプ流のやり方で、「歴代大統領とは違う」というところを誇示する意図があるのは間違いない。
中立の調停者の役割を放棄
トランプ大統領の側近らによると、大統領はエルサレムが単に、歴史的にイスラエルの首都であるという現実を認めているにすぎず、中東和平交渉への関与など他の政策は今後もなんら変わるところがない、という。しかも、実際に移転するまでには、3年から4年必要で、テルアビブに大使館を置いている現状には当面変化がない、としている。大統領は娘婿のクシュナー上級顧問を和平交渉の中心に据えている。
しかし、こうした理屈は大統領の決定を正当化しているだけで、長年続く歴史的な紛争の実態を無視した無謀な論理と言わざるをえない。オバマ政権下で中央情報局(CIA)長官を務めたジョン・ブレナン氏は米紙に対し「無謀かつ外交政策の大失敗」と批判し、中東における米国の権益を向こう何年にも渡って損ない、地域を不安定なものにするだろう、と警告した。
トランプ大統領がどのような理屈づけをしようが、米国がイスラエル寄りに大きく踏み出し、中東和平の中立的な調停者としての立場を放棄したというのは確かなことだ。トルコのエルドアン大統領が「エルサレムをイスラエルの首都と認めるのはイスラム教徒にとってのレッドライン」と言明しているように、中東和平交渉が破綻する恐れが強い。