2024年7月18日(木)

個人美術館ものがたり

2011年2月10日

鈴木常司氏
(1930~2000年)

 ポーラの名の由来は、その語感からして女性的だ。誰か伝説的な美女の名前か、女優の名前かとも思うが、はっきりとはわからない。子供のころわが家には姉が3人もいたので、何となくポーラの名を聞いた気がする。戦後間もないころから訪問販売が特徴で、ふつうの店には置いてない。門外漢の男子としてはそれが不思議に感じられたが、化粧品というのは薬と同じで、人それぞれの体の違いに微妙にかかわってくる。だからこの販売方法は合っていたのだろう。それは男子の知らぬ間にぐんぐん伸びて、銀座にポーラビルが出来て、財団が出来て、そしてこの箱根の美術館である。

 もっとも最近は社会事情も変り、オートロックのマンションが増えるなど、前と同じではなくなってきている。その代りパソコンの普及でのネット販売など、新しい形も出てきた。世の中は変るものだ。

 社長が絵を集めはじめたのは、やはり化粧品という、女性の美に奉仕する仕事と関係があるのではないか。それはこの人のもともとのものか、それとも仕事の中で培われたものかはわからないが、最初に絵を買ったのは静岡の田中屋デパート(現在の伊勢丹)で、藤田嗣治の「誕生日」と荻須高徳〔おぎすたかのり〕の「バンバラ城」だった。でもそれ以上のことはわからない。

  鈴木氏は無口な人だったようで、絵のこともとくに話してはいないそうだ。会社でもほとんどしゃべらずに、人の話を聞いている。たまに秘書室経由で質問がくるくらいだったようだ。物静かな人だったのだ。

セザンヌ「砂糖壺、梨とテーブルクロス」

 でもわずかな伝聞は残っている。鈴木氏が経営者として何か大きい決断を迫られたとき、ルオーやルドンの絵を見ていると力が湧いてくる、という話を秘書などが聞いている。

 なるほど。それは納得できる。ふつう仕事に疲れたときなど、絵を見て気持が安らぐという。それと同じで、そこからさらに湧き与えられるものがあるのだ。とくにルオーの絵など、その実感がわかるような気がする。そうなると、ぼくにはセザンヌなども、別な意味でそういう決断的な力が湧いてくるような気がするが、それはまあ人によるものだ。


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