社員から新しいイノベーションの種を引き出すために
大人の本気や企業人としての真摯さが中高生に伝播し、やる気が起こってきたとしよう。そのなかで例えば新商品の企画を考え始めても、当然大人からしたら的外れの意見や実現可能性の低い意見がたくさんでてくる。そうした場面で企業からきてファシリテーションを任せられた人材には何が求められるだろうか。そうした意見のどこに問題があって、どうすればもっとよい意見がでてくるのか、論理的に説くことだろうか。おそらくそんなことをしたら中高生のモチベーションはたちまち低下し、「あなたが説明できるような正解がある課題なのであれば企業でやればよいではないか」と言われてしまうだろう。
DropboxやAirbnbといった企業を育て世に送り出してきたベンチャーキャピタル、Yコンビネーターの創始者であるPaul Graham(ポール・グレアム)は「『最高のアイディアは最初ダメなアイディアに見える』、『大成功するベンチャー企業は、普通の成功をする確率が異常に低く見える』ということが投資家の仕事を難しくする」、と言っている。
昨今日本の多くの、特に大企業が新規事業の開発やイノベーションを目指しているが、なかなか大きな成果が出ないのは、これまでのビジネスフレームや成功してきたロジックに基づいて新たな事業の設計を考えているからという場合が少なくない。もしかしたら、中高生の柔軟で奇抜な発想が新しいビジネスの種や、これまで気付かなかった社会課題の発見につながるかも知れない。そんな種を、大人の常識が潰してしまうかも知れない。逆にそうした意見や発言が彼らからでてくる場、そしてそうしたアイディアを、彼らの手で企画に昇華させていく場をファシリテートするという体験は、企業のなかで、様々な社員から新しいイノベーションの種を引き出していくことにそのまま直結するだろう。
ボストンコンサルティングとミュンヘン工科大学がドイツ・スイス・オーストリアにある171の企業を対象に2016年に実施した調査を元に、組織の多様性とイノベーションの量(この調査の場合は直近3年間の収入に占める新商品・サービスの割合)には相関関係があるということを証明しているが、昨今オープンイノベーションや、異業種間での交流など、イノベーションを目標に様々な形で組織の多様化に多くの企業がチャレンジしている。モチベーションの源泉や、その場にいる理由、学力レベルがそれぞれに異なる中高生とともに新商品や新サービスの企画を練り上げる経験から得られる知見やスキルを有効活用できる場面は、これからさらに増えるだろう。
次世代は未来をともに創っていくパートナー
これらの取り組みにおいて最も重要なのは、実は学校教育に携わるときの企業人本人のマインドである。中高生はまだまだ若く、知識量や論理性では大人の方が圧倒的に優位かも知れない。しかしそうした能力は近代型能力と呼ばれ、情報化社会においては主体性や創造性、多様性など、ポスト近代型能力のほうが重視されると言われる。そんな世の中で社会に価値を創造していく、という意味では近代型能力の差は大して重要ではないのかも知れない。さらに技術革新に目を向けると、知識量が多いことや論理性が高いことが求められる仕事は何よりも先にAIに取って代わられる。そんなとき、中高生あるいは小学生が持っている柔軟で奇抜な発想や慣習や常識にとらわれない本質的な視点こそが大きな価値となってくる。
もはや次世代は、現役世代が何かを教え、説き、社会にでるための準備を提供してあげる存在ではないのだ。偉そうにそんなことを続けていては、「あなた達の時代はそうだったかもしれないけど、これからの時代はそれじゃ全く通用しないよ?」と、逆に指摘されてしまうかもしれない。次世代を生きる中高生は既に、変化が激しく先行きの見えない時代においてともに未来を創っていくパートナーなのである。
これからの時代、変化に対応し、新たな価値を創造し、社会を更新し続ける企業であり人材であり続けたいのであれば、ぜひとも学校教育に関わっていくことをおすすめしたい。時代の変化に敏感で、企業の経営や人材育成、マネジメントの枠組みを抜本的に変えていかなければこれからの時代戦っていけないということに気付いている経営者やマネジメント層がいる企業は、こうした取り組みをすでに始めている。「余裕がないからやらない」ではなく「余裕がないからこそやる」のだ。学校教育に関わることで得られる価値は、中学や高校に赴き、何かを教え込むのではなく、未来を創るパートナーとしてともに話し合いに参加し、学び合うことですぐに見えてくるだろう。
*第4回(最終回・4月下旬掲載予定)へ続く
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