2024年11月22日(金)

「犯罪機会論」で読み解くあの事件

2018年3月23日

 こうした物理的に危険な場所だけでなく、心理的に危険な場所も点検する。例えば、落書きやゴミといった街の無秩序のサインが見つかった場所は、誘拐犯に警戒心を抱かせにくいので「入りやすい場所」である。またそうした場所は、地域住民から関心が寄せられていないので「見えにくい場所」でもある。

 駅前広場やショッピングモールは、人が大勢いるので一見安全そうに思えるが、人は刺激が多ければ多いほど異常な事態に気づきにくくなり、たとえそれに気づいたとしても、その場に居合わせた人が多ければ多いほど責任を感じにくくなるので(傍観者効果)、やはり心理的に「見えにくい場所」である。

「更新」「公開」すべきものではない

 アメリカ生まれの「学びのピラミッド」という学習理論によると、学習内容の記憶への定着率は、読んだだけでは10%にすぎないが、実際に自分でやってみると75%になり、他人に教えれば90%にまで高まるという。とすれば、だれかが作ったマップを見ても、あまり意味がないことになる。ほとんど忘れてしまうからだ。地域安全マップづくりの核になるのは、自分自身で景色をチェックしながら歩くという「体験」なのである。

完成した地域安全マップ。景色の再現である写真のそばには撮影理由が書き込まれている。

 こう考えてくると、地域安全マップの「更新」とか「公開」といった発想は、間違った思い込みから出たものであることが分かる。地域安全マップは、更新すべきものではなく、公開すべきものでもない。それは、一人ひとりの景色解読力を高めるための「体験」という名のプロセスなのだ。学校現場の言葉を使うなら、地域安全マップづくりは、「アクティブ・ラーニング」の手法なのである。

 にもかかわらず、小学校などで作られている地域安全マップのほとんどは、子ども自身の体験が欠如したマップだ。例えば、不審者が出没した場所を表示したり、不審者への注意を呼びかけたりする「不審者マップ」がそうだ。人に注目しても、危険な状況を予測することは難しく、かえって人間不信を助長するだけである。

 犯罪が起きた場所を表示した「犯罪発生マップ」も同様だ。子どもは「虫の目」で世界を見ているので、作るべきは、「虫の目」で見た3次元の景色を再現する地域安全マップである。犯罪発生マップは「鳥の目」で見た2次元の俯瞰図なので、「鳥の目」が必要な警察や行政でなければ役に立たない。

 景色解読力が高まるのは、正しい方法で地域安全マップづくりが行われた場合だけである。大阪教育大学附属池田小学校の孕石泰孝教諭と岩井伸夫教諭は、小学校で行った地域安全マップの授業を、児童への事前と事後の意識調査によって検証し、危険予測能力の向上という学習効果があったと結論づけている。


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