2024年11月22日(金)

児童書で読み解く習近平の頭の中

2018年3月29日

空想小説「鼻を切り取られた象」の正体とは?

 1956年、共産党政権は学術・芸術の分野での自由化を進める「百花斉放・百家争鳴」運動を発動した。この政策によって知識人や民主派からの猛烈な共産党批判を誘発させ、やがて反右派闘争に転換され、結果として大躍進から文化大革命へと毛沢東の過度の神格化に雪崩れ込むことになる。

 同じ年の2月、ソ連ではフルシチョフがスターリンを全面批判する秘密演説を行った。中国共産党機関紙『人民日報』は4月5日になってスターリンによる個人崇拝を「重大な誤り」と認めはしたが、ソ連で見られたスターリン全面否定に同調することはなかった。スターリン批判をめぐる中ソ両国の見解の差が、後に国境軍事衝突にまで発展した中ソ対立の遠因の1つとなるわけだ。

 中国共産党政権のみならず毛沢東にとっても大きな節目の年に当たる1956年、中國少年兒童出版社は2種類の子供向け空想科学物語を収めた『割掉鼻子的大象(鼻を切り取られた象)』(遅叔昌・于止著)を出版している。“夢のように豊かな社会主義中国”を描き出そうというのだろう。この絵本を手に小躍りした子供たちは社会主義の未来に目を輝かせたに違いない。そんな理想社会を建設するために、やはり「キミが指導しなければならない」のである。

 巻頭を飾る「割掉鼻子的大象」は、この本の幼い読者たちが20代の半ばから後半に達する頃の1975年の夏を舞台に、科学専門記者の「私」が取材のため国営農場を訪れるところから始まっている。

 その地は草1本も生えない不毛の地であったが、人民の奮闘努力によって5年という短期間で「緑の希望」と呼ばれるまでの大農場に改造されていた。取材のために農場の中心街に立った「私」は「象を見に行こうよ。象だ、象だ」の子供たちの歓声に誘われるように走りだす。「国営農場のだ!」「どうして国営農場で象が飼われているんだ?」「鋤を引かせるためだよ!」「トラクターがあるじゃないか。象なんて使う必要はないよ!」――子供たちの感想である。一見すると象ではあるが、不思議なことに鼻が切り取られていた。

 この農場で働いている科学好きの中学時代の同級生から届いた招待状を持って、農場事務所を訪ねる。すると「私」の目の前に薄いピンクがかった白い肉の壁が現れた。街で見かけた鼻の欠けた象は、友人が改良を重ねて生み出した「奇跡72号」と呼ぶ超大型のブタだった。友人は「図体はデカいが子ブタだ。柔らかく脂が乗っていて栄養満点。そのうえ簡単に消化する。味はバツグンだろう」と語りかける。だが「私」は口いっぱいに肉を放り込んだため、口がきけずに目を白黒させて頷くしかなかった。象のように大きいブタを生み出す社会主義の科学技術によるなら、食糧問題も一気に解決してしまうのだ。幼い読者が瞳を輝かせたであろうことは想像に難くない。

 第2話の「没頭脳和電脳的故事(脳無しクンとコンピューターの物語)」の主人公は小学生の孫少年である。「鞄は」「帽子は」「ソロバンは」「教科書は」と孫少年の登校準備に巻き込まれ、毎朝家族中が大わらわ。彼が「没頭脳(脳無しクン)」のあだ名で呼ばれるのも、前日に学用品を置いた場所を忘れてしまうほどに整理整頓が不得手だからだ。

 そこで我が息子の将来を案じた電気技師の父親は「養いて教えざるは父の過ち」という古くからの教訓に従って、孫少年に20万個の半導体を組み込んだ「電脳(コンピューター)帽子」を創ってやった。翌日、電脳帽子を被った彼は意気揚々と登校する。電脳は難問を素早く解いてくれるが、地理の問題や友達のトンチ話にはサッパリ反応しない。そこで父親は半導体を脳細胞の数と同じ140億個までに増やそうとするが、電脳帽子が巨大化してしまい被ることができない。かくて「電脳の奴隷にはなるな」と、苦心の末に作り上げた電脳帽子を廃棄処分してしまった。

 孫少年は父親が作ってくれた電脳帽子を賢明に学習し、「自分で考え、大脳を鍛錬し」、「演算、資料保存、翻訳、機械管理のできる電脳」の発明を目指す。やはり子供たちに、社会主義社会のバラ色の将来を教えようとしたのだろう。

 1950年代前半、中共中央宣伝部長兼政務院文教委員会副主任を務め党と政府の思想宣伝工作を切り盛りし毛沢東の寵臣として振る舞っていたのは、習近平チャンの父親である習仲勲だった。ならば教師用の『算術 小学教師進修用書』はともあれ、幼い息子に『怎樣學習歴史』や『割掉鼻子的大象』を与え、橋橋と安安の2人の姉が弟の習近平チャンに読み聞かせていたと想像してみる。

 どうやら現在の共産党政権の中枢に居並ぶ首脳陣は、歴史爺さんの話を真に受け、社会主義イデオロギー満載の算数応用問題を解き、社会主義社会の将来に幼い心を躍らせた世代となりそうだ。このことを、改めて肝に銘じておきたい。

  
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