――オバマ前大統領の話が出ましたが、中東の親米国家の代表がサウディアラビアですね。しかし一方で厳格なイスラームの国として知られ、今年6月に施行予定の法律まで女性の車の運転を認めていないほどです。サウディアラビアという国は、どんな国なのでしょうか?
酒井:サウディアラビアは矛盾を抱えた国です。もともと、メッカとメディーナというイスラームの聖地を自国内に抱え、サウディ王家はそれらを護る者と自ら位置づけることで王政の正統性を保ってきました。また、厳格なイスラームの教えに基づくサウジ独特のワッハーブ派イスラームの思想はISと似たところがあります。
一方で、サウジアラビアは建国以来油田開発から近代化から米国に依存しつづけ、アメリカもサウジの王政の維持はアメリカにとって死活問題とみなすなど、密接な同盟関係を取ってきました。そのため湾岸戦争のときに異教徒であるアメリカ軍の兵士を自国に招き入れた。そうした矛盾に異議を唱えたのが、2001年のアメリカ同時多発テロを起こしたとされるアルカイーダの指導者だったウサーマ・ビン・ラーディンでした。彼は、サウジ批判を繰り返したため国籍を剥奪され、国外へ追放された。彼だけでなく、国際テロ活動に加わったり支援しているのにはサウディアラビア出身者が少なくありません。ISやアルカーイダは、厳格で知られるサウディアラビアのワッハーブ派イスラームの系譜を受け継いでいる。
――ただ、彼らのように実力行使に訴える人たちを生み出したのも、またアメリカですね。
酒井:1979年にソ連軍がアフガニスタンに軍事侵攻し、同年には親米同盟国であったイランでは革命が起こった。当時、冷戦中だったソ連とアメリカは直接的に武力衝突を避けたかったために、アメリカは中東の親米諸国に反ソ連勢力を育てさせ、アフガニスタンでソ連軍と戦わせた。なかでも、サウディアラビアは、国際的なイスラームのネットワークと潤沢な資金を活かし、アフガニスタンへ行くイスラーム義勇兵を育てたのです。そのひとりがウサーマ・ビン・ラーディンです。
――ここまでお話いただいたのは、イスラーム主義のテロ活動が中心でした。かつてであれば、中東といえばパレスチナ問題についてのニュースを多く目にしました。イラク戦争以降、中東問題の構造そのものが変化したのでしょうか?
酒井:構造そのものは残っています。イスラエルというのは、ヨーロッパが勝手に国境線を引いた「しこり」として、忘れ去ろうとしても常に目の前にあるわけです。かつては、中東の歴史や政治、経済のあらゆる問題の根源はイスラエル・パレスチナ問題だと言われていたほどでした。
ただ、時代を経るにつれ、中東のいずれの国も、自国内や隣国との関係で発生する諸問題にかかりきりになってしまって、パレスチナ問題が少し遠いものになってしまった。アラブナショナリズムなどのように、アラブ全体をまとめあげる思想が風化したことも原因でしょう。かつてに比べイスラエル・パレスチナ問題が一歩後退したことは否めません。
――イスラームの過激派によって「中東=テロ」というイメージが先進国を中心に広まり、先進各国に住む中東系の人たちが差別される時代になっています。その代表例は、トランプ大統領によるイスラム系国の入国を禁止しようとしたことです。こうした不寛容な時代は今後よりエスカレートしていくのでしょうか?
酒井:安全保障の強化の名の下に、全世界が不寛容な方向へ進んでいます。冷静に話し合えば解決できる問題でも「国防に関わる」「社会の治安が乱れる」となんでも安全保障の問題としてしまう。こうしたことを安全保障化と言いますが、そうしたマインドをリセットできたという例はまだありません。
――最後に、欧米の情報や文化は日常的に接していますが、中東は西欧に比べ馴染みがないだけに、なかなかわかりにくい側面が日本人にはあるのかなと思います。中東を知るために、おすすめの本や映画あれば教えてください。
酒井:中東の本は歴史から入るとわかりづらいかもしれません。しかし、歴史を知ることは面白い。はじめの1冊にしては難しいかもしれませんが、中東の歴史、特に第1次世界大戦の血湧き肉躍るドラマが満載な時代を描いた『アラブ500年史』(ユージン・ローガン著、白水社)はおすすめです。もう1冊は『平和を破滅させた和平』(デイヴィッド・フロムキン著、紀伊國屋書店)です。この本は、ヨーロッパに国境線を引かれたことや、パレスチナ問題についてヨーロッパと中東の両面から描かれていて日本の幕末を彷彿とさせる面白さがあります。
一方で、映画やマンガはわかりやすいでしょう。イラン映画は、アニメの「ペルセポリス」がカンヌ映画祭で賞をとるなどヨーロッパでも評価が高いですが、最近話題になったのではパレスチナ映画の『歌声にのった少年』。パレスチナ人のスター歌手、ムハンマド・アッサーフの実話シンデレラ・ストーリーです。同映画のハニ・アブ・アサド監督の作品はエンターテイメント性が強くおすすめですから、そういったところから中東に興味を持っていただけると嬉しいですね。
■修正履歴:1ページ目・アメリカ同時多発テロの起きた年の記載が間違っていましたので修正致しました。誤:2011年9月11日→正:2001年9月11日 お詫びして訂正致します。(2018/03/30 16:10 編集部)
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