こうして、さまざまな実例や具体策も交えて進められた工藤氏のプレゼンは1時間以上に及んだ。しかし座談会はここからが本番だった。プレゼンだけでは拭いきれない、「急進的な改革への不安」がぶつけられたのだ。
「うちの子どもがチャレンジしていけるのかという不安もあります」
「起業家になるような子どもを育てなければいけないという校長先生の考えは理解できます。とは言え、うちの子どもがチャレンジしていけるのかという不安もあります」
「優秀な子ばかり引き上げられ、落ちこぼれる子が切り捨てられるようなことにならないでしょうか」
そうした保護者の言葉は、率直で忌憚のないものだった。大切な我が子が、変わり続ける社会の荒波に揉まれるであろう数年後の未来。そこへ向けた危機感は理解できる。しかしここはあくまでも公立中学なのだ。特別な教育方針に賛同して学校を選んだわけではない。少なくとも入学の時点では。
工藤氏は淀みなく、そうした声に答える。
「大きな視点から言えば、学校の教育を変えることは日本の労働生産性を高めることにつながると信じています。自ら『必要なもの』『不要なもの』を判断して選んでいける子どもを育てないと、今の大人たちの社会にはびこる無駄をなくすことはできません。そんな人材でなければこれからの社会で活躍できないだろうという認識は間違っていないと思います」
「もちろん、一人ひとりの生徒へのフォローは決して手を抜きません。固定担任制を廃止したのもそのためです。教員の中には、生徒の困りごとを察知することに非常に長けている人間もいます。全員担任制ではすべての生徒にそうした教員の力を活用できる。『うちの子の担任はハズレだった……』と保護者のみなさんが思い悩むこともなくなります」
「固定担任制を廃止すれば、生徒は遠慮なく好きな先生に相談できるようになります。一方で自分から悩みを打ち明けられない生徒には、個別に教員から働きかけます。今でも週1回学年主任の会議を行い、『担任とうまくいっていないと感じる生徒』には他のどの教員がコミュニケーションを図るか決めているんです。この体制をさらに拡充していきます」