2022年10月6日(木)

WEDGE REPORT

2018年4月10日

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 しかも決定的だったのは、二人が根本的に異なる思想を抱いていたことだった。マンデラは獄中の生活で身を持って学んだ。憎しみからは何も生まれない。赦しこそが新たな社会の出発に必要だ。白人と黒人は、犯罪は犯罪としつつも、和解し、互いに手を携えて新生南アフリカを支えていかなければならない。白人経済を接収してはならない。白人は南アフリカから追放されてはならない。

 しかし、それはウィニーにとり受け入れることのできないものだった。あの、残虐の限りを尽くし、自らの肉体を辱め、痛めつけ、拷問の数々に晒した白人を何故許すのか。自分も子供たちも、いや南アに住む黒人全体がその人生をめちゃめちゃにされた。失った日々は決して戻ることはない。ならば、白人のこれからの日々も取り上げられなければならない。白人にその非道の数々を認めさせ、その償いをさせなければならない。財産の没収だけでは足りない。白人の家族も子孫すらも償いの日々を送らなければならない。命に代えてでも。

 二人の生活はとうとう破局に至る。慈愛に満ちた国父マンデラにとりウィニーはふさわしい妻ではなかった。飽くことなく反アパルトヘイト闘争の継続を宣言するウィニーに対しマンデラは聖人過ぎた。

南アフリカで今も癒えることない闘争の傷

 ウィニーの下に、新生南アフリカに不満を持つ、特に若年層の人々が集まった。経済は依然白人が牛耳り、黒人は下層階級から抜け出ることができない。失業率は黒人層がとみに高く、統計によっては40%にも及ぶ。マンデラ大統領が唱えた白人と黒人の共生は何だったのか。マンデラは何故白人の財産を没収しなかったのか。そういう中にジュリアス・マレマがいた。マレマは今、南アで最も過激とされる「経済的解放の闘志(Economic Freedom Fighters)」という政党を率いる。

Photoprofi30/iStock

 アパルトヘイトという容赦ない現実が二人の人生を刻印した。二人の人生は、誕生からその死に至るまでアパルトヘイト闘争一色だった。和解と憎悪、融和と闘争。方法は異なったが闘争は続いた。南アフリカの傷は今も癒えることなく国民の生活に重くのしかかる。国父たるマンデラと国母たるウィニー。二人の人生は終わったが、南アフリカの挑戦は終わらない。ウィニーは14日、国葬に付される予定である。

  
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