チャイナ・ウォッチャーの視点

2018年5月4日

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樋泉克夫 (ひずみ・かつお)

愛知県立大学名誉教授

中央大学法学部、香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士後期課程を経て外務省専門調査員として在タイ日本国大使館勤務。著書に『華僑コネクション』『京劇と中国人』『華僑烈々―大中華圏を動かす覇者たち―』(以上、新潮社刊)など。

[著書]

中国と北朝鮮がひそかに「忖度」した相手とは

 これからは蛇足の謗りを敢えて承知で、『紅色娘子軍』における“革命的演出”に関するエピソードを記しておきたい。

 じつは娘子軍に扮するうら若き女性役者たちが身に着けた軍服はショート・パンツだった。スカートもパーマも厳禁。老若男女が揃って黒や灰色の暗色系の服装であり、男女の恋愛などは資本主義的不道徳と糾弾されていた超禁欲時代だったことを考えれば、“美脚”を露わに演ずる軍事訓練シーンは、当時は過度に衝撃的だったはずだ。

 当時、太ももを露わにした女性役者が舞台を動き回る演技に、さすがに観客は度肝を抜かれた。「大腿満台跑、工農兵受不了(うら若き娘の太腿が飛び跳ねる舞台を、工農兵(庶民)は受け入れ難い)」とも言われたものだ。演出陣も「大腿満台跑」の演技には躊躇するところがあったようだが、毛沢東夫人の江青による「ショート・パンツで行け!」の鶴の一声でショート・パンツが舞台の上を乱舞することとなったという。まさか「大腿満台跑、金委員長受得了(金正恩委員長のお気に入り)」というわけではないだろう。

 『奇襲白虎団』の主題がそのものズバリ過ぎるゆえに『紅色娘子軍』であったとするなら、その背景にはなにが隠されているのか。ここで思い浮ぶのが、『奇襲白虎団』でコケにされているのが韓国軍最精鋭部隊でありアメリカ軍顧問団という点だ。これから会談に臨む韓国、さらにはアメリカを刺激したくないという中朝両国の忖度が働いたと考えられないだろうか。

 『陳廷敬』、『紅色娘子軍』、それに『奇襲白虎団』――政治の動き、硬直した状況の激変を予感させる朝鮮半島をめぐる国際的な取り引きなどとは無関係にみえる芝居だが、歴史的背景を加味して捉え直しながら、時代の大きな方向性を忖度してみたのだが……。

  
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