韓国の「読み方」

2018年5月8日

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澤田克己 (さわだ・かつみ)

毎日新聞記者、元ソウル支局長

1967年埼玉県生まれ。慶応義塾大法学部卒、91年毎日新聞入社。99~04年ソウル、05~09年ジュネーブに勤務し、11~15年ソウル支局。15~18年論説委員(朝鮮半島担当)。18年4月から外信部長。著書に『「脱日」する韓国』(06年、ユビキタスタジオ)、『韓国「反日」の真相』(15年、文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)、『韓国新大統領 文在寅とは何者か』(17年、祥伝社)、『新版 北朝鮮入門』(17年、東洋経済新報社、礒﨑敦仁慶応義塾大准教授との共著)など。訳書に『天国の国境を越える』(13年、東洋経済新報社)。

金正日氏を上回った「演出」上手

 こうした演出の効果は予期されたものだった。18年前に史上初の南北首脳会談が行われた時にも同じようなことがあったからだ。金正日国防委員長は予告なしで空港に出て金大中大統領を出迎え、市内へ向かう際には金大中大統領の車に乗り込むというサプライズを演出した。首脳会談でも、「金大中大統領が来てくれたおかげで私は隠とん生活から脱することができた」と冗談を飛ばした。この時も韓国人の抱く金正日観は大きく揺れた。私は当時、ソウルで取材に当たっていたのだが、韓国人の若者から「金正日は頭にツノが生えているイメージだったけれど、普通のおじさんですね。拍子抜けした」という感想を聞いたものだ。

 韓国の新聞『韓国日報』が首脳会談後に行った世論調査では、「金正日の否定的イメージが改善された」という人が42.3%に上った。韓国の放送局が出資する韓国放送振興院の世論調査でも、金正日国防委員長の政治的信頼性を肯定的に見る人が首脳会談前の15%から会談後には50%にまで増えたのである。

 金正恩委員長は父の経験を徹底的に研究したはずである。そして、板門店という舞台を使った演出によって、父を上回る効果を上げようと狙ったのだろう。その意図は少なくとも短期的には成功したように見える。

 金正恩委員長のパフォーマンスについては、毎日新聞の西川恵客員編集委員がコラム「金言」で面白い指摘をしている。夕食会に臨んだ金正恩委員長が見せた洗練された乾杯の仕方と李雪主夫人の素朴なファッションが挙げた効果についての考察だ。西川氏は、独裁国家においてはイメージ操作が政治的手段として特に重視されていることを指摘し、「夫婦での夕食会出席は老人のような軍長老に囲まれた独裁者のイメージを払拭し、西側にも通じた若い合理的な指導者を印象付けた」と読み解いた。スイス留学の経験を持つ金正恩委員長が国際社会に向けたパフォーマンスを意識したのではないかという見立てである。朝鮮半島専門家の多くが注目しなかった観点からの指摘は新鮮なものだった。

「演出」は表面的なものにすぎない

 ただし、いくら金正恩委員長が上手にやったとしても「演出」は表面的な見かけにすぎない。米朝首脳会談で核放棄に応じたとしても、それは自らの独裁体制を安泰にするという目的を達成するための手段である。米国は、核放棄に応じるならば体制の転換を求めないことを明確にしている。金正恩体制の安全を保証しなければ核放棄に応じる可能性はゼロだから、周辺国すべてが北朝鮮の独裁体制を容認することになる。韓国は、積極的な関与政策によって北朝鮮体制の性格をより「まとも」なものへ転換させようとする長期ビジョンを持っているが、そうした期待通りの変化を北朝鮮に引き起こせるかは不透明だ。

 そうなると核放棄に応じることで地域の安全保障に与える脅威は大きく減じたものの、国内の政治的弾圧などはそのままの専制的国家が北東アジアの一角に存在するという状況が見えてくる。中長期的に見れば、現在とは違う意味での不安定要因になりかねない。日本にとっては、それも頭の痛い問題である。

  
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