2023年1月31日(火)

幕末の若きサムライが見た中国

2018年6月20日

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樋泉克夫 (ひずみ・かつお)

愛知県立大学名誉教授

中央大学法学部、香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士後期課程を経て外務省専門調査員として在タイ日本国大使館勤務。著書に『華僑コネクション』『京劇と中国人』『華僑烈々―大中華圏を動かす覇者たち―』(以上、新潮社刊)など。

[著書]

中国人による「土地の爆買い」は江戸時代から?

 名倉の上海での情報源の1つが『上海新報』だった。「東洋人来中係欲通商貿易(日本人が通商貿易を求めて来訪)」と書き出された同紙5月28日付の記事は、日本からの物資はオランダのものとして取引されている。日本が上海で通商を行うことは歓迎すべき「好事」だが、聞くところでは最近日本在住中国人に帰国を求めているとのこと。我が清国が日本人の上海での通商を許していることに逆行する措置であり、外交上甚だ公平を欠く――と続ける。名倉は早速、この記事の概要を幕府役人に伝えた。

 名倉によれば、「近頃長崎ニ至リ西洋人ト共ニ隨意ニ地ヲ買ヒ館ヲ造ランセシ唐人アリ」。つまり西洋人と同じように不動産を買い漁り、家屋を建設する「唐人アリ」。幕府の禁制を犯しているわけだから日本在住清国人に退去を求めるのは当然の措置であり、『上海新報』の報道は誤りということになる。それにしても最近では北海道における土地の「爆買い」が問題視され、我が国安全保障の上で大きな不安材料となっているが、すでに江戸末期から土地漁りが見られたわけだ。それにしても「隨意ニ地ヲ買ヒ館ヲ造ラン」ことを禁じ断固たる措置を執った江戸幕府の方が、中国人の不動産爆買いに拱手傍観の態の現在の我が政府よりは余ほどマトモだったように思う。

太平天国を討つために日本が援軍を送る?

 物見高いはなんとやらだが、それでなくても好奇心旺盛な「唐人」である。街を歩けば「吾輩形粧ノ異ナルヲ以テ」ジロジロ、ガヤガヤ。行く先々で好奇の目に囲まれ纏わりつかれ堪らない。上海人は「吾輩ヲ見テ琉球人ト目スルモノ多シ」。それというのも、「琉球使臣支那ヘ来騁ノ時」や琉球商船の上海来訪に当たり、「吾邦人モ竊ニ同行」し「琉球人ナリ」と装っていたからだろうと、名倉は推測した。武士か商人かは判らないが、鎖国にもかかわらず、密かに上海を訪れた日本人がいたことになる。記録に残さずとも清国との交渉を試みた勢力が西南諸藩のなかにあったと考えても、強ち不思議ではないだろう。

 ところで日本からの武士集団の上海登場は余ほど奇異な目で見られていたらしく、「今般東洋人来リシハ吾朝ノ大ヒナル幸ヒナリ」との噂が流れた。「東洋人」、つまり日本人がやって来るのは我が清国にとっても幸運なことだ。日本人来訪は、上海統治の責任者たる道台の呉氏が「長毛賊(太平天国軍)ヲ討伐ノ為メ」に依頼したというのだ。当然のように噂が噂を呼んだ。こうして近日中に「日本ヨリ援兵」を運ぶ大船隊が海上を埋め尽くすだろうとの噂が飛ぶ。名倉に向って、援軍はいつやって来るのかと声を掛ける者もいたというから、やはり「笑フベシ」だ。

 程なく日本からの艦隊が洋上を覆い尽くす。数多の強兵が日本から救援に駆けつけてくれる。こんな「浮説」を耳にしたら、名倉でなくとも「笑フベシ」。だが「吾朝ノ大ヒナル幸ヒナリ」とは、さほどまでに清国朝野は太平天国軍に悩まされていたのだ。だから「日本ヨリ援兵」を望むのも判らないわけではない。


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