2023年1月31日(火)

幕末の若きサムライが見た中国

2018年6月20日

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樋泉克夫 (ひずみ・かつお)

愛知県立大学名誉教授

中央大学法学部、香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士後期課程を経て外務省専門調査員として在タイ日本国大使館勤務。著書に『華僑コネクション』『京劇と中国人』『華僑烈々―大中華圏を動かす覇者たち―』(以上、新潮社刊)など。

[著書]

千歳丸一行が喰らったカルチャーショック

 千歳丸は「日本ヨリ援兵」を乗せたわけではなく、江戸幕府が上海での貿易の可能性を探ろうと送ったもの。積み込んだ「本朝ノ物産中支那人之ヲ得テ喜」んだものは、「刀槍 陶器 人参 赤銅 紙類 カンテン 椎茸 葛粉 熊膽 晴雨傘 漆器 銭 鶏 雜薬」など。一方、「唐国物産中本邦へ齎シ来タルベキモノ」は、「薬種 唐紙 紫檀 陶器 書籍 筆墨 折糖」だった。

 「刀槍」が最初に記されているということは、それほどまでに喜ばれたということだろう。刀槍について「唐人吾佩刀ヲ看ント要スルモノ甚タ多シ」とあるから、余ほど興味を持ったに違いない。そこで名倉は自らの佩刀を2,3の友人にソッと見せた。キラリと怜悧に光る刀身。「吾佩フル處固ヨリ鈍中ノ極」だが、彼らは「嘆賞」するばかり。そこで名倉は「支那ニ利刀」なんぞがあるわけはない、と記す。やはり武士の魂である佩刀の鈍さは、魂そのものの鈍さに通ずる。存外、こんなところから軽侮の心が芽生えたようにも思う。

 書籍については、こんな記述が見える。知り合いから「君帰国ノ後願クハ貞観政要一部」を送ってくれと求められた。そこで名倉は『貞観政要』は唐代の書籍であり、遥かに離れた異国の日本で探すことはないだろうと応えると、我が国ではこの本は書名を知るばかりで現物は散逸してしまったとの返事だった。名倉は上海で、「唐人ノ著ス所」の書籍で「唐ニナク」して我が国に伝わっているものが少なくないことを知る。おそらく日本こそが中国文化の精髄たる古典の宝庫であったと痛感したことだろう。ならば名倉が「本朝」に誇りを持つのも肯ける。

 刀も槍もナマクラばかり。これでは戦うに戦えない。加えて古典の散逸は甚だしく、まともな書籍は「唐国」になく海を渡った「本朝」に伝えられ残されている。エリートとしての振る舞いも民族の心柱である古典に対する心掛けも全くなってはいない。尊敬し憧憬して止まなかった孔子や孟子のみならず王陽明を生んだ国の惨状に、名倉のみならず千歳丸の一行は激しいカルチャーショックを覚えたに違いない。憧れは一気に消し飛び、やがて知らず覚らずのうちに侮りの心が芽生える。こんなはずではなかった、と。

アヘン復活を見て湧きあがる侮蔑の感情

 侮蔑の心を増幅させたのが烟毒、つまりアヘン吸引という悪習である。

 「支那ニテハ近頃復タ鴉片烟ヲ吃スルモノ多クナリタリ」との「吾友王互甫ノ話」を記す。アヘン戦争は千歳丸航海の20年ほど昔だ。あれほどまでに国家財政を苦しめ、英仏両国を筆頭とする西欧諸国の蚕食を受ける原因になったアヘンである。人々の財産を奪い、健康と精神を損ねること甚だしいアヘンの吸引が、なぜまた復活・流行しているのか。名倉ならずとも不思議に思う。王が「此烟毒ヲ除クノ良藥有ヤ」と問うてきた。そこで名倉が「則除丸化成湯」という良薬があるが入手は容易ではないと答えると、王互甫は「一噱ヲ発セリ」。清朝皇帝から全権を授かって欽差大臣として広州に乗りこみ、アヘン取引撲滅に辣腕を揮った林則除の名前を持ち出し「則除丸」とは洒落た、いや悪ふざけが過ぎるが、「一噱」というから、あるいは名倉の当意即妙な反応に「吾友王互甫」は返す言葉もなく呵呵大笑するしかなかったようだ。

 やはり「此烟毒ヲ除クノ良藥」は清国朝野の深刻な自覚しかない。だが、その自覚が一向に見えてこない。国家・国民の存亡にかかわる大難題に直面しながら危機感を持たない。烟毒は国家の屋台骨を腐らせ、国民の心身を蝕んでいるにも関わらず、である。軽蔑が同情に勝ったとしても、なんら非難されるものではないだろう。眼前に逼りくる累卵の危機から国家・国民を救い出せるのは自助・奮闘の覚悟のみ。押し寄せる欧米列強勢力を前にして尊皇か佐幕か。攘夷か開国か。名倉は、揺れ動く祖国に思いを馳せたはずだ。


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