「月旅行」に「原発」、ソ連の科学技術を絶賛する児童書
同じ1956年には『少年兒童讀物 到月亮上去(月に行く)』(魯克編著 山東人民出版社)が出版されている。
ある日、主人公の小飛馬クンが共産党が少年教育のために設けた少年宮での天体クラブの活動を終え帰宅すると、妹が「兄ちゃん、電報」と。モスクワのソ連科学院で研究を続ける父親からの電報だった。
「小飛馬クン、元気かい。/父さんは元気でソ連科学院で順調に研究活動に励んでいると母さんに伝えてくれ。/とってもいい知らせがあるんだ。ソ連のオジサンたちは月旅行の準備を完了し、もうすぐ出発だ。そこでソ連科学院と相談したら、お前を一緒に連れて行ってくれるというのだ。天文学が好きで、将来は天文学者になるつもりだったね。いいかい、人類が最初に地球を離れ別の星に行くのだ!/我々は地球の主人であるだけではなく、宇宙の主人になるんだ!一生懸命に頑張るんだよ!小飛馬クン/電報を受け取ったら、すぐにやってきなさい。モスクワで待っている/父より」
小飛馬から事情を知らされた母親は、「よかったね。早くお休み。明日、航空券を買って来るから」。
モスクワに着いた小飛馬は、月に向け今にも飛び立たんとする「月球一号」と名づけられたロケットに乗り込む。原子燃料エンジンが轟音をあげるや、月球一号は地上を離れ宇宙空間を飛んで月へ。月面探査の状況を綴りながら、月の持つ様々な謎を解き明かしながら物語は進む。
やがて月面を離れ地球へ。小飛馬はロシア人の歓呼に迎えられ抱きかかえられるようにして父親の許へ。「なぜ、人々は喜び昂るのか。小飛馬たちが人類最初の月旅行という重大な任務を完了したからである」。
この物語が、ここで終わる訳はない。月旅行は幻想ではなく科学的根拠に基づいていると解説した後、ソ連科学者の「月旅行は完全に可能である。ただ時間の問題だけだ」との言葉を紹介する。さらにソ連の科学技術の高さを紹介して、「ソ連では最近、世界初の原子力発電所を建設した。発電能力は石炭の350万倍であり、将来的には船舶に利用すれば燃料補給なく数ヶ月の航海が、航空機では地球一周飛行も可能だ。ソ連の科学者は1957年から58年の間に人工衛星を打ち上げる。将来的には月はおろか、火星、金星などの惑星へ行こう」と、ソ連の科学技術賛歌で終わっている。
習近平が少年時代に見た「中国の夢」とは?
1957年にはソ連の最新細菌学の成果を紹介する『奇異的眼鏡(奇妙なメガネ)』少年兒童出版社 彭中仁訳)、最先端の科学技術にサスペンスを加味した『第二顆心臓(第2の心臓)』科学普及出版社 李敏訳)などが出版された。
「科学幻想小説訳叢」と題された後者は、電離層を経由して中国に送電する任務を負ったソ連の科学者が最初に試みた実験は某国のスパイに妨害されただけでなく、心臓を銃弾で射抜かれてしまう。そこで登場するのがソ連の革新的医療技術であり、新しい心臓の移植に成功するというストーリーだ。
おそらく当時の子供たちは、ソ連の科学技術の素晴らしさに憧れたに違いない。想像を逞しくするなら、習近平少年もまた小飛馬に自らを重ねながら「中国の夢」を思い描いていたかも知れない。
この時、すでに中ソ両国の共産党は、スターリン評価と議会主義国家建設への方法を巡って抜き差しならぬ対立へと向かっていた。もちろん、その影響は徐々ながら子供たちの身の上にも及ぶことになる。
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