2024年7月15日(月)

池内恵「中東の眼 世界の眼」

2011年5月2日

 一方、サウジアラビアをはじめとした湾岸産油国は、湾岸協力機構(GCC)で結束を固めた。自国内ではデモ勢力に過酷な弾圧を行い、デモで政権が揺らいだバーレーンにはサウジを中心に軍事介入し、弾圧に関するメディアの報道を極端に規制している。イエメンにはデモ勢 力に歩み寄った仲介を行って、アラビア半島内部の不安定化を食い止めようとしている。それと同時にリビアやシリアでの政権の弾圧については、湾岸産油国が資本を出したアラビア語メディア上で大々的に報じさせ、自国内の弾圧から国際社会の目を逸らそうとしているようだ。そして対イランの敵対姿勢を強めて、国内を締め付けつつ、米国に弾圧の黙認を要求している。これらは民主化回避のための危険な賭けであり、短期的には内外の圧力を逸らすことができようが、2年-10年といった 中・長期的単位では政権の動揺や地域秩序の流動化の可能性がある。

 湾岸産油国での政治変動は、日本のエネルギー供給の生命線を大きく動揺させる可能性があり、現在の政権の安定に賭ける神頼みではなく、プランB、プランCまでを想定する情報収集・分析が必要である。そのためには、既存の政権の高官の動きや経済の表層だけではなく、根底にある各国の社会変動や社会意識から見ておく必要がある。

大規模デモで揺らぐ権威主義体制

 中東政治の激変の根底に何があるのか。まず押さえておくべきなのは、若者を中心とした「大規模デモ」が各国の政治過程の重要な一角として定着した、ということである。これは各国の権威主義的な政治過程に、容易に吸収されるようなものではない。大幅な体制変革を行わなければ、中・長期的には、各国の政権が生き残る可能性は低くなる。

 アラブ諸国の権威主義体制の統治には共通要素がある。(1)食糧や職、福祉や住居などの「ばらまき」、(2)秘密警察による監視や拷問、治安部隊による弾圧、非常事態法による超法規的な取り締まりなどによる「恐怖」、(3)そのような体制をなおも正当で理想的であると強弁する、政府系メディアや知識人を用いた「情報統制」、という三つの柱が、アラブ諸国の権威主義体制の統治を支えてきた。

 「大規模デモ」という政治手法の有効性に各国の一般市民が気づき、実践し始めたことで、権威主義体制の支配の根幹は揺らいでいる。これまでせいぜい数百人・数千人でデモを行っていたから、即座に検挙され拷問を受けた。しかし数万人・数十万人単位で一挙に結集すれば、弾圧は困難になる。しかし弾圧をしなければ政治・経済の動きは阻害される。

 政権側がデモ弾圧で大規模な武力行使に訴える際は、国内のメディアを統制し、国際メディアの入国を禁じることが多い。しかし一般人が携帯電話で撮影した映像が、ユーチューブなどインターネット上で広まって、結局はアル=ジャジーラやBBCなど国際衛星放送で報じられてしまう。それによって国内と外国の双方から非難を受け、政権の正統性が失われていく。場合によっては直接的な軍事制裁によって政権の座から追われることにもなりかねない。

 情報統制の崩壊は、統制されたメディア上で広められてきたイデオロギーも崩壊させた。中東諸国の共和制政権は、英・仏・米国の「帝国主義」に「抵抗」する「民衆(人民)」を代表するものとして自らを定義して正統性を保ってきた。「反帝国主義」の裏返しの「アラブ民族主義」を各政権、各勢力が振りかざし、内外の政敵に「帝国主義の手先」「民衆の敵」とレッテルを張り、「外部勢力の介入」を粉砕すると称して国内の反対勢力を人権を無視して殲滅する、というのがアラブ世界の政治空間の「ゲームのルール」だった。

 しかし実際に「民衆」が集団で口を開いた時、批判の矛先は米国でもイスラエルでもなく、自国の政権だった。それによってこの旧来型のゲームのルールが通用しなくなった。

 「民衆は政権の打倒を望む」というのがアラブ諸国の「大規模デモ」の共通のスローガンである。これは各国の政権が駆使してきた、正統性の根拠としての「民衆」概念を覆す、巧みなスローガンである。

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