Washington Files

2018年7月19日

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斎藤 彰 (さいとう・あきら)

ジャーナリスト、元読売新聞アメリカ総局長

1966年早稲田大学卒業。68年米カリフォルニア州立大学バークレー校大学院修士課程修了、70年読売新聞入社。ワシントン常駐特派員を2度務めた後、アメリカ総局長、東京本社取締役調査研究本部長などを歴任。近著に『中国VSアメリカ』『アメリカはカムバックする!』(いずれもウェッジ)がある。

 だが、より深刻な問題は、これまで長い間、アメリカの国家安全保障政策立案に中心的役割を担ってきた主要情報機関と連邦大陪審が超党派的立場からロシア疑惑について捜査してきた結果として「プーチン大統領の指示によるもの」との結論を出したにもかかわらず、トランプ大統領が一人これを否定し続けてきたことだ。

自国の政府調査機関の結論を否定する大統領

 そしてそれは今月16日、ヘルシンキで行われた米ロ首脳会談終了後の共同記者会見で最悪の事態を迎えた。

 トランプ大統領は世界から取材に集まった大勢の報道陣の前で、同席したプーチン大統領に目くばせするような表情でロシア疑惑について次のように言い切ったのだ。

 「みんながロシアがやったと言ってきた。ここにプーチン大統領がいるが、彼がそれは違うと言ったばかりだ……私はこれだけは言っておきたい。(犯行が)なぜロシアなのか、理由がわからない」
 
 自国の政府調査機関の結論を否定し、プーチン体制下のロシアの立場を擁護したこの発言は米国テレビ、新聞メディア、通信社の「至急報」でワシントンに一斉に打ち返され、米政界はハチの巣をつついたような騒ぎとなった。

 「国辱的行為だ」「国家反逆罪に相当する」「大統領を帰国次第、ただちに議会に呼び、糾弾すべきだ」「吐き気を催す発言だ」――野党民主党議員たちはもちろん、ジョン・マケイン上院軍事委員会委員長、ボブ・コーカー上院外交委員会委員長、リチャード・バー上院情報委員会委員長、ポール・ライアン下院議長ら多くの共和党議会指導者まで今回だけは一様に反発と批判を強める結果となっている。

 さらに決定的だったのは、米国の全情報機関を統括するダン・コーツ国家情報長官までが共同記者会見内容を踏まえ「ロシアが2016年米大統領選に介入し、アメリカ民主主義を傷つけたことは明白」と改めて大統領の主張を退けたことだった。

 結局、大統領は17日、ワシントンの騒然とした雰囲気を鎮静化するため、ホワイトハウスに記者団を呼び入れ、「ヘルシンキでの発言は言い間違いだった。ロシアは米情報機関が指摘してきたとおり、米大統領選挙に介入した」と前言を翻した。だが、インテリジェンス当局者たち間の大統領不信は依然、くすぶり続けている。

 過去をさかのぼると、米国大統領が自国のインテリジェンス・コミュニティと対立したケースがまったくなかったわけではない。

 筆者がワシントン特派員時代を振り返って思い出すのは、1970年代後半、カーター政権当時のエピソードだ。

 同大統領は就任早々、在韓米軍撤退の意向を固め、3年計画で3万人規模の米軍撤退の具体的ステップについて検討し始めていた。しかし、CIAのほかDIA(国防情報局)など当時のインテリジェンス・コミュニティは、綿密に行ってきた韓国と北朝鮮両国軍の「戦力比較」作業の結果として、北朝鮮側が圧倒的優位にあるとの結論に至った。このため在韓米軍司令官が撤退計画に反対、大統領に解任される事態になったが、その後、議会などの抵抗などもあり、最終的にはカーター大統領が撤退計画断念に至った経緯がある。最後になって大統領がインテリジェンス当局の分析結果を受け入れたのだった。
 
 それにしても、トランプ大統領の自国のインテリジェンス機関に対する軽視と侮辱的態度は、異常というほかない。  

  
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