「その研究は何の役に立つのかとよく聞かれます。研究の結果、人間を救う薬ができるというわけではないけれど、何かの役に立つはずだというだけではいけないんだろうと思っています。ここは純粋科学ではなく応用科学の研究室ですから。
アリもヒトもDNAを持っていて、ある種のアリのゲノムを全部読むことができる。こうした分子生物学的な手法は、アリが自然の中でヒトよりも長い時をどう生きてきたのかという知恵を、生物として役立てることができるのではないか。また、分業とか協力とか社会を作るといった人間との共通性がある。人間は考えて意識的に構築し、アリは本能的に構築するという違いはあっても、システムとしてみた場合に、個体がたくさん集まった生物がとる行動の共通性もあるのではないか。人間の問題に対して、こういう解決法があるという例示として使うことができるのではという期待を持っています」
何が起きるのかわからないと言うのはたやすいけれど、何が起きるか先輩生物の行動からある程度予想できるというのは大事なことなのではないかと、土畑の言葉は熱を帯びる。研究者がどんな思いで研究に向かっているのかを伝えたいという思いが、言葉の端々から感じられる。
「普通の研究者の姿って見えないですからね。僕自身、高校生の頃、研究者って何をやっているのかわからなかったし、どうやったら研究者になれるのかもわからなかったから」
土畑は、小学生の頃から、昆虫好き少年と自他ともに認める存在だった。将来何をしたいかと問われると、昆虫の博物館をつくりたいと答えていたという。昆虫に興味を持ったきっかけは、父から『原色日本蝶類図鑑』を買ってもらったこと。きれいだなと思ったのはよく覚えているという。それから、外に出ると蝶を探すようになり、見たものを図鑑と照らし合わせて名前や生息地や特徴を調べるようになった。
「外に出ると何かしら蝶や虫を探している感じ。夏休みの自由研究は昆虫採集が定番でした。蝶から始まってトンボ、カブトムシと広がって、近くの倉敷市立自然史博物館の学芸員さんにはずいぶんお世話になりました」
いつの間にか昆虫のことなら土畑に聞けばいいと言われるほどになり、中学2年の時にはクロカタビロオサムシ、ヨツバコガネ、シロヘリハンミョウ、ベーツヒラタカミキリと希少な4種類もの昆虫を発見して、地元の山陽新聞に掲載された。昆虫少年は、昆虫博士と呼ばれるようになり、暇さえあれば昆虫を探していたというのに楽々と東京大学理科Ⅱ類に現役で合格。本物の昆虫博士の道をまっしぐらかと思ったら、一度寄り道をしたのだそうだ。