2024年12月2日(月)

この熱き人々

2018年7月23日

めざしてきたのは人の記憶とともにある建築。強い主張を押し出すのではなく、ありのままの魅力を生かし、新たな気づきの体験を創出する。そんな建築が旅の価値観をも変えていく。
瀬戸内の海に溶け込むようなガンツウ

 福山駅からも尾道駅からも車で約40分。小高い丘の上から「ベラビスタマリーナ」を望むと、瀬戸内海はまるで紺土の地面のように見える。

 桟橋の先に、切妻(きりづま)屋根の3階建ての建物が続いている。あれが話題の小型クルーズ船「ガンツウ」か? 大きな屋形船のような、海に浮かぶ不思議な宿屋のような……。

 

 客船というと自動的に思い浮かぶのは、流線型の船体があってその上に建造物が載っている姿なのだが、桟橋を一歩またぐといきなり船内。川船と同じ平たい船底で、客室の床もびっくりするほど水面に近い。波が少なく鏡の海といわれる瀬戸内海だから可能になった構造らしい。電気推進なので、動きも滑るようになめらかだ。

 全長81メートル、客室は19室。定員38人に対し40人以上のスタッフが乗り込み瀬戸内海を巡る2泊から3泊のクルーズは、昨年10月の就航以来、人気を集めている。この日も午後の出港を前に忙しく準備に人が動き回り、その様子をガンツウの設計者の堀部安嗣が眺めていた。

 「みなさんが客船に抱いているイメージとはずいぶん違うんでしょうね。あまり客船らしくないと言われることもありますから」

 外から見える客室部分の外壁の色は薄いシルバー。なぜこの色なのだろう。

 「空の色や海の色、朝陽の色、夕陽の色、晴れの日、曇りの日、それぞれに同化できる個性のない色にしたかったんです。まぶしい白とかブルーとか自己主張する色だと、船が単独でしっかり存在することになる。どんな時でも周辺とともにありたいということで選びました」

 堀部は、住宅や小規模な公共施設などの設計を手掛けてきた建築家だ。個人の住宅と小さなギャラリーを併設した「牛久(うしく)のギャラリー」(茨城県)が、02年に新人建築家の登竜門である吉岡賞を受賞して注目を浴び、16年には「竹林寺納骨堂」(高知県)が、日本建築学会賞を受けている。

 「僕の建築の基礎は、人の記憶と身体とともにある建物。記憶や思い出、原風景に密接につながっている住宅を多く手掛けてきたから、ガンツウができたと思っています。もし、大規模で機能的なオフィスビルなどを中心に仕事をしてきていたら、できなかったかもしれない」


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