この熱き人々

2018年7月23日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

 しかし、船を設計するのは初めて。引き受けるにあたって躊躇(ちゅうちょ)や不安はなかったのだろうか。

 「よく聞かれるんですけどね、何もなかったですね。もともと乗り物に乗るのが大好きで、いつか乗り物を設計してみたいという思いもありましたから」

 それこそ躊躇なく、すぐに答えが返ってきた。が、陸上ではなく海上である。いったい、どんな依頼が施主のせとうちホールディングスからあり、堀部が迷いなく客船の設計に向かっていったのか。聞くところによると、施工した地元の造船会社・常石(つねいし)造船も客船を造るのは初めての挑戦だったという。

 「瀬戸内海の魅力を伝えられるものを造りたいということでした。魅力を最も感じるのは、陸からではなく海からの瀬戸内で、船が一番適している。もともと宝物のような場所なので、何かを付け加えたり飾ったりせずに自然体で伝えたいという抽象的なリクエストでした。具体的な注文より、ざっくりし過ぎていて姿が見えないけれど禅問答みたいに語り合いながら形を見いだしていくのが、僕は好きなんです」

 気候や風土や歴史などその土地がすでに持っているものを生かすということは、堀部の建築のコンセプトとぴったり重なるものでもあった。

 瀬戸内海を敷地と考えて、ここを訪れる人が心を解放して過ごせる、動く建築物を創り上げていく。方法論や技術論や予算など具体的で現実的な課題を飛び越えて、クライアントと設計者の心が抽象的な思いでがっちり一致することで、ガンツウの命が芽生えたということだ。

 ではその先、共有した思いを堀部はどういうふうに、今目の前に係留されているガンツウに集約していったのだろうか。

瀬戸内の風土を設計に取り込む

 

「豪華客船の船旅って、船だけで世界が完結している感じがするんです。さまざまなエンターテインメントが提供され、飽きずに楽しめる仕掛けがたっぷり用意された、船の中だけで作られる世界観といいますかね。そうではなく、陸とか文化とか人の営為とか風景などとつながったもの。それらがあってはじめて成立する船旅。そういう船にしたいなとまず思いました」

 外洋に出れば、見渡す限り海ばかり。しかし、瀬戸内海は内海で、手が届くようなところに島々が点在し、小船とすれ違い、人の気配も感じられる。

 「瀬戸内の人々の暮らし、独特のトーン、文化、食べ物などと、身近に触れ合っていることを感じながら旅ができる船をイメージしました」

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