2023年1月30日(月)

児童書で読み解く習近平の頭の中

2018年9月28日

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樋泉克夫 (ひずみ・かつお)

愛知県立大学名誉教授

中央大学法学部、香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士後期課程を経て外務省専門調査員として在タイ日本国大使館勤務。著書に『華僑コネクション』『京劇と中国人』『華僑烈々―大中華圏を動かす覇者たち―』(以上、新潮社刊)など。

[著書]

「大悪人の劉少奇」に排除された子どもを毛主席が救う物語

「メディア戦線の大革命を徹底的に推し進めよ」の方針に従うかのように、上海人民出版社は数々の児童書を出版している。その典型例として、次の2冊を挙げておこう。

上海人民出版社が「毛沢東思想」を植え付けるために出版した児童書(写真:筆者提供)

 先ず『為革命読書』だが、表紙の中央に描かれた大きく真っ赤な太陽は毛沢東を、ヒマワリは燦々と輝く太陽の恩恵を受けてこそ成長する人民を象徴している。左胸の毛沢東バッチも誇らしげに左手に虫メガネを持つ少年が、この物語の主人公である雷鋼だ。

 労働者家庭に生まれた彼は幼い時に難病に襲われる。毛主席によって派遣された解放軍の医者によって一命をとりとめるが、極端な弱視になってしまう。8歳の時に小学校に入学しようとするが、「大悪人の劉少奇が強行する修正主義教育路線が掲げる『知育第一』『点数第一』の方針に基づき、『視力に難あり。登校不可』と小学校入学を拒否され、勉学の機会を奪われてしまった」。

 程なく文革が勃発し劉少奇の修正主義教育路線が全面否定されるや、彼は「紅小兵」の仲間に熱烈に迎えられ念願の入学を果たす。『毛主席語録』の一字一句を虫メガネで追いながら勉学に励み、「毛主席のよい子」へと成長する。やがて先生、労働者、農民、それに紅小兵仲間によって「雷鋼こそ我らの最良の手本である」と讃えられるのであった。

――じつに他愛のない物語ではあるが、この20ページの小さな絵本には封建社会における残酷極まりない地主への憎悪、地獄の封建社会から農民を解放してくれた毛沢東への感謝、毛沢東率いる解放軍による人民への奉仕、劉少奇の反人民的修正主義教育路線が流した害毒、毛沢東の訓えを学習し文革に邁進する紅小兵の英姿など。“毛沢東式文革教育のエッセンス”が描き尽くされている。

『為革命読書』に登場する紅小兵とは、毛沢東支持を掲げて活動する小学生である。呼び名からも類推できるように、文革で毛沢東に反対する勢力に対して猛威を振るった紅衛兵の下の世代――1950年代生まれの紅衛兵世代の次の1960年代生まれ――である。

「殺せーッ」と叫ぶ少年兵

 この紅小兵の理想像を、「紅小兵学習毛沢東思想補助読物」の『我們是毛主席的紅小兵』が描き出す。

 巻頭に掲げられた「長い間、叛徒、内なる敵、労働匪賊の劉少奇と文化界の代理人は、出版事業を資本主義復辟のための重要な陣地とし、封建・資本・修正主義の毒素を撒き散らしてきた。少年の読物において、彼らは児童少年が毛沢東思想と労働者・農民・兵士の英雄ぶりを学ぶことに反対し、資本主義の世界観を鼓吹してきた」との主張に基づいて、「児童少年が毛沢東思想と労働者・農民・兵士の英雄を学ぶこと」の意義を強調する。

『我們是毛主席的紅小兵』には、ソ連と対峙する緊張の国境最前線で、鉄道で、学校で、養豚場で、農場で、工場で、都市で、農村で、災害現場で、「決心を定め、犠牲を恐れず、万難を排し、勝利を勝ち取れ」「人民のための死こそ、所を得た死だ」「一に苦労を厭わず、二に死を恐れず」「凡そ反動分子というものは君たちが戦わなかったら、倒れることはない」「断固として、断々固とし階級闘争を忘れてはならない」などの『毛主席語録』の一節を心にシッカリと胸に刻むだけでなく、周りの仲間や大人にも呼び掛け、毛沢東思想を活学活用する日々を率先励行している少年・少女についての27の物語が収められている。

 たとえば「継続前進」と題された物語は、軍訓練幹部兼軍事演習指揮官兼紅小兵部隊長である志紅の「アメリカ帝国主義、ソ連修正主義に狙いを定め、突撃だー!」と吶喊の声で始まる。

 軍訓練幹部兼軍事演習指揮官兼紅小兵部隊長という肩書から、文革の時代が幼い子供に求めた役割が浮かんで来ようというものだ。加えて姓が志で名が紅である。まさに毛沢東思想の申し子というに相応しい少年だ。

 志紅は右手にピストルを掲げ、大きな岩の上に立って、部下に山頂への突撃を命じた。「突撃だーッ、殺せーッ」の叫び声は山をも揺るがすほど。紅小兵たちは怒涛のように、我先に山頂に攻め登る。

「暫しの後、山頂に紅旗が翩翻と翻る。紅小兵たちは自分たちが勝利のうちに任務を完遂したことを喜びあった」。部下を整列させ点呼。志紅隊長は部下の1人である志軍が欠けているのに気づく。隊長の名前もスゴイが、部下だって負けてはいない。志に軍というのだから、隊長が共産党で、部下が人民解放軍を暗示させようというのだろう。

 副隊長に「貴官は戦友を指揮し訓練継続。これから本官は後方点検に向かう」と命令し、志紅は山を下る。やがて足を折って叢の中にうずくまる志軍を発見した。「志軍、前進せずともいい」との命令を受けた隊員は、じっと痛さに耐えながら「隊長ドノに報告。継続前進」と声をあげる。部下の手を引き肩を貸し、やがて2人は山頂にたどり着く。赤い夕陽に照らされ、紅小兵たちの凛々しいシルエットが山頂に浮かび上がる。

 ここで想像を逞しくするなら、当時、紅小兵たちは軍訓練幹部兼軍事演習指揮官兼紅小兵部隊長の志紅に憧れた。いや、そうではなく毛沢東ら文革派は全国に無数の志紅を育て上げようとしたに違いない。当時、子供には「小さな大人」という役割が割り振られていたし、子供もまたそれに応えていたのだ。


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