「現実主義」に徹する李登輝の本音
そこで冒頭の話に戻るわけだが、実際、李登輝は2007年にも台湾の週刊誌によるインタビューに「台湾独立を主張したことはない」と答え、大きく報じられたことがあった。
その波紋は日本にも及び、「(李登輝が)従来の立場を百八十度ひっくり返す発言をしていたことが31日明らかになった。その真意をめぐって台湾政界は大揺れになっている」(2007年2月1日付・朝日新聞)などと報じられ、李登輝を支持する日本人の間でも大騒ぎになったのを私も記憶している。
ただ、この騒ぎは文字通り「から騒ぎ」だ。なぜなら、確かに李登輝はこれまで一度たりとも「台湾独立」を主張したことはないからだ。
李登輝の主張は明確である。台湾の最高指導者として、いかにして台湾の「存在」を守り続けるかに知恵を絞る現実主義者に徹していることが明確にわかる内容だ。
「台湾はすでに独立した主権国家だ。今さら台湾独立を主張して、中国ばかりか日本や米国などの国際社会と余計な軋轢を起こす必要はない。中国とは別個の存在なのだから、この台湾の『存在』を守りながら、台湾が国際社会から認められるために必要なことを積み上げていけばよいのだ」
突き詰めれば、台湾はすでに独立した存在だが、国際社会から認められるまでには至っていない。その足りないものをこれから補充していこう、というシンプルな考え方だ。
ここには、前述のような「中華民国体制からの独立」といった問題には言及されていない。現実主義の政治家たる李登輝からすれば、台湾がすでに実質的に独立した存在であり、それを今後いかにして維持していくか、ということのほうが重要なのである。
李登輝自身は、台湾の独立運動に関わる人たちを尊重しつつ、一方ではこれまでにも「台湾独立を強調する人たちは、台湾のために何を解決してきたのか」と批判したこともあった。
つまり「運動のための運動」に陥りがちな主張を「現実的ではない」と断罪したのである。