百年レストラン 「ひととき」より

2018年12月26日

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 11月の下旬になると、この店には三島由紀夫のファンが訪ねてくる。

鳥のソップ炊きがメインの、わのコース13,000円(税・サ別)。作家・三島由紀夫が、最後の晩餐に選んだ料理だ

 昭和45年(1970)11月25日。陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地で割腹自殺をした三島。彼はその前夜、楯の会隊員4名と新橋の「末(すえ)げん」で鳥鍋を食べていたのだ。

 「三島先生のお父さんがよく利用されていまして、先生は詰襟姿の小学生の頃からいらしてました。結婚されてからは奥さんと。あの晩の4日前にも、奥さんと来ていたんです」

 と語るのは、3代目店主の丸(まる)哲夫さん。

 哲夫さんは同年5月に結婚したばかりだった。嫁いで半年の武子さんはその夜、初代店主・源一郎氏に促され、初めて三島の宴席に挨拶に行った。武子さんが回想する。

 「襖を開けたら、楯の会の方が背筋をピンと伸ばして正座してらして、先生は目を瞑(つぶ)って考え事でもしていらっしゃるご様子。部屋全体がものすごく張りつめた空気で、とてもご挨拶できず、すぐ引き返しました」

 後でベテランの仲居が座敷に行くと、三島が隊員にビールを注いでいるところで、鍋を囲み和やかに女優の話をしていたという。

 帰り際、武子さんは玄関に見送りに出た。

 「靴の紐を結んでいた先生に『ありがとうございます。またお越し下さいませ』とお声をかけましたら、『えっ』と見上げられて『また来いって言われてもなあ。こんな綺麗な女将がいるなら、あの世からでも来るか』と」

 この一件で文学青年の間で有名になったが、「末げん」はもともと鳥料理を出す料亭として、広く知られた店だった。

左:鳥鍋を作る武子さん
右:暖簾の文字は初代・源一郎氏のもの

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