チャイナ・ウォッチャーの視点

2019年1月10日

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樋泉克夫 (ひずみ・かつお)

愛知県立大学名誉教授

中央大学法学部、香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士後期課程を経て外務省専門調査員として在タイ日本国大使館勤務。著書に『華僑コネクション』『京劇と中国人』『華僑烈々―大中華圏を動かす覇者たち―』(以上、新潮社刊)など。

[著書]

我慢較べの「チキンレース」は続く

 昆明を起点とする航空路は、1990年代初頭では考えられない程に発達している。昆明とバンコクを結ぶ昆曼公路は稼働している。メコン川の物流ルートは先に見たように、中国主導によって流域4カ国で管理されている。鉄道は泛亜鉄路中線の一部である昆明⇔ヴィエンチャンが建設中だ。ラオスの首都であるヴィエンチャン近郊でメコン川を渡った鉄道は対岸に位置するタイのノンカイから南下してバンコクに繋がるわけだが、この路線建設に関してはタイと中国の両国政府でマラソン交渉が続く。

 時にタイ側が自前建設を打ち出し交渉打ち切りを宣言し、時に中国側が提示する好条件を前にタイ側が交渉に応じる。スッタモンダの交渉が続くが、交渉の経緯を、泛亜鉄路中線の建設問題のみならずASEAN諸国と中国との関係に注目する日本人は肝に銘じておくべきだろう。

 これまでそうだったように、これからもタイと中国の両政府間で紆余曲折の交渉が続くことは十分に予想される。だが、だからといって、このプロジェクトが失敗だなどと短兵急に捉えるべきではない。「談談打打・打打談談」――話し合いながら撃ち合い、撃ち合いながら話し合う――テーブルを囲むのは現場(戦場)での戦いを有利に進めるため、会談に臨むのは戦況を有利に持ち込むため――話し合いも戦いも、最後の一瞬まで続くわけだから。

 タイもまた中央部を南下してバンコクに至る近代化した鉄道路線を必要としている。そこでヴィエンチャンとバンコクを繋げた路線を南下させクアラルンプールに繋ぎ、さらにシンガポールまで延伸させ、昆明⇔ヴィエンチャン⇔バンコク⇔クアラルンプール⇔シンガポールと結んだ一気通貫路線を手中に収めたいという中国の腹の内を見透かし、可能な限り自国に有利な形の安いコストで路線を建設したい。

 これに対し中国は、タイの経済建設にとって必要不可欠な鉄道による国際的な鉄道ネットワークを持つゆえに、この利点をテコに交渉に臨む。中国が押さえる国際ネットワークを経由しない限り、タイが鉄道を使って国際物流ネットワークにアクセスすることは不可能であることを中国は知っているのだ。日本や台湾など閉鎖された鉄道ネットワークに見られる常識は、他国と陸続きで国境を接している国には当てはまらない。タイのような国にとって周辺諸国とのネットワークを構築してこそ、経済効果は飛躍的に高まるというものだろう。

 タイと中国の両政府が互いの手の内を知った上での交渉であるから、当然のように我慢較べでチキン・レースのような交渉とならざるをえない。こういった状況は、中国とマレーシアの関係でも指摘できる。

 2018年5月の総選挙で勝利したマハティール政権は、前ナジブ政権が中国との間で結んでいた鉄道建設案件を破棄した。わが国には一連の動きを見て「一帯一路を頓挫させた」とする考えもあるが、やはり早計というべきだろう。タイと同じように国内の鉄道網の整備・建設は当然のこと、国際的な鉄道ネットワークへのアクセスは、マハティール政権であれ(その後継政権であれ)経済発展を目指すうえでは至上命題といえる。南は経済先進国のシンガポール、北はタイとラオスを経由して中国という巨大市場にアクセスすることがマレーシア経済発展のカギとなるはずだ。

 マレーシアの今後を考えるなら、一旦は白紙に戻した鉄道建設プロジェクトを再考する時期が来るに違いない。その時、マレーシアもまたタイが中国を相手に見せたように、自らの地政学的位置を最大限の“武器”にして交渉に臨むだろう。マレーシアは可能な限り低コストで建設を進めたい。これに対し中国は是が非でもマレー半島部分の一帯一路を完成させたい。中国が“熱帯への進軍”を続ける限り、この構図が崩れることはないだろう。

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