2022年12月7日(水)

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2019年1月29日

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大内伸哉 (おおうち・しんや)

神戸大学大学院法学研究科教授

1963年神戸市生まれ。東京大学法学部卒業、同博士課程修了。神戸大学法学部助教を経て、2001年より現職。著書に『AI時代の働き方と法』(弘文堂)など。
 

あいまいな定義
客観的な線引きは困難

 パワハラが日常の業務遂行過程で起こるということは、違法とされる行為と適法とされる行為との間の線引きがそれだけ難しいことを意味する。これもパワハラの法規制が遅れた理由だ。

 12年1月にとりまとめられた「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ」の報告では、職場のパワハラの行為類型として、①暴行・傷害、②脅迫・名誉・侮辱・ひどい暴言、③隔離・仲間はずし・無視、④職務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害(過大な要求)、⑤業務上の合理性がなく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じられることや仕事を与えないこと(過小な要求)、⑥私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害)があげられていた。

 ①や②はパワハラを論じるまでもなく違法なものだし、③や⑥も外形上、問題行為は比較的明確だ。これに対し、④と⑤は日常の業務遂行とかかわるものなので、違法かどうかの線引きは難しい(教育的目的により強いをすることや、部署内の人間関係に問題のある部下を集団業務から外すことは違法かなど)。社会通念により判断するとしても、業務遂行のあり方は企業によって大きく異なるので、客観的な基準を設けることは困難だ。

「違法でなければOK」
陥ってはいけない発想

 新たなパワハラ規制におけるパワハラの定義は、(1)優越的な関係に基づく、(2)業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動により、(3)労働者の就業環境を害すること(身体的・精神的な苦痛を与えること)となりそうだ。これについても、「優越的な関係」をどのように判断するか、「業務上必要かつ相当な範囲」をどのように線引きするか、労働者の苦痛は本人を基準とするのか、平均的な労働者を基準とするのか、など検討すべき点が多々ある(厚生労働省の「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会報告書」も参照)。明確な線引きができなければ、上司は怖じ気づき、必要な指揮命令や教育がされなくなる危険がある。これは労働者にとっても良いことではない。

(注)相談窓口を設置している企業(n=3365)における従業員からの相談の多いテーマ(上位2項目)、単位は% (出所)厚生労働省「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会報告書」 写真を拡大

 こうした事態を避けるために、政府は指針を設けて、違法か適法かの明確なラインを示す予定だが、これはこれで副作用が心配だ。というのは、法が明確なラインを引くと、企業は、違法にならないように行動することだけを考えがちだからだ。コンプライアンス(法令遵守)は大切だが、違法でなければOKという発想に陥ると危険だ。法的にOKかどうかは、実は本質的な問題ではないからだ。企業内に、上司のパワーの行使に対して、不満をもつ部下がいること自体が問題なのだ。

 前述のように、パワハラ対策は、本来は企業が自主的に取り組んでいくべきものだ。実はセクハラやマタハラに関する法律の規定が、被害従業員に何らかの権利を与えるものではなく、加害従業員への制裁や企業の監督責任を定めるものでもなかったのは、具体的な対策の内容は各企業で考えるべしというスタンスをとっていたからだ。今回のパワハラ規制でも、基本的にはこのスタンスが維持されることが予想される。

 企業にとって大切なのは、これが自社の経営問題であるという意識をもったうえで、従業員一人ひとりの能力を最大限に引き出せる良好な職場環境をいかに実現するかという課題(上司の意識改革、公正な評価システム、コミュニケーションの活性化、取引先などの過剰要求からの保護など)に取り組むことだ。

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