2024年12月9日(月)

使えない上司・使えない部下

2018年9月18日

 今回は、解雇や退職強要、パワハラやセクハラなどの労働問題や自殺(自死)などを専門に扱う弁護士の和泉貴士さんに取材を試みた。和泉さんは「まちだ・さがみ総合法律事務所」(東京都町田市)に勤務し、日本労働弁護団や自由法曹団などに所属している。

 多くの会社員から受ける相談から和泉さんが感じ取った「使えない上司・使えない部下」とは…。

(MatiasEnElMundo/Gettyimages)

バーチャルな空間だから、
パワハラが際限なくエスカレートする

弁護士の和泉貴士さん

 私が受ける法律相談の中で労働事件に関するものでは、最近はLINE(ライン)によるパワハラが増えています。ある中小企業では、社長と社員たちがLINEで1つのグループをつくっていました。社長はふだんは営業などで職場にいないことが多く、夜になると、LINEを通じて社員たちに仕事の指示や命令をします。社員は、それにできるだけ早く答えなければいけないのです。

 社長はミスをした社員を叱ったり、「なぜ、このようなことをしたのか?」と詰めたりします。社長に叱責された社員が謝るのを見て、同僚や部下も次々と反省のメッセージを投稿します。1〜2時間の間に、トーク履歴上に「申し訳ありません」の文字がずらりと並びます。

 ここには、一種の群集心理が働いているのかもしれません。私のもとへ相談に訪れた社員から、社長が書いた叱責とそれに答えるやりとりを見せてもらいました。それらは、社長の部下への言葉による暴力と呼べるものでした。相談者の社員は社長から常に監視されているようで、精神的につらいと話します。実際、うつ病になっていました。
 
 デジタル化が進み、様々な意味で便利になっている一方で、終業時間以降も仕事から解放されない苦しみを抱え込む会社員が現れています。このような問題が生じるのは、会社の規模や業種よりは、社風や風土などの影響によるほうが大きいように思います。

 会社や部署の仕事をする仕組みやシステムが十分にできていない場合もあります。特に目立つのは、社長や役員、管理職などが取引先や営業先を飛びまわるために、部下と直接向かい合い、指示や命令がきちんとできない職場です。

 上司は外出先からLINEを通じて突然、部下に指示をして、叱りつけます。「どうしてできないのか?」などと詰めて、怒鳴りつけた後、台風のように消えていくのです。このタイプの上司は仕事の細部にまで監視をしていないと気がすまないようで、必要以上に詳細な指示をしています。それに従うのが、「使える部下」と思われているのだそうです。

 彼らがLINEを頻繁に使い、指示・命令をするのは、あの独特のスピード感を気に入っているからなのかもしれません。メールのようにあいさつ文を書く必要がなく、部下が読んだか否かもわかるわけですから…。双方のやりとりも残ります。こういう上司も、部下とじかに向かい合うときにはここまで叱りつけ、詰めることはしていないのかもしれません。ある意味でバーチャルな空間だから、パワハラが際限なくエスカレートする可能性があると私は思っています。

 パワハラは、LINEなどが普及するはるか前から行われています。もともと、上司と部下の1対1のときのように密室性のあるところで行われることが多いのです。ほかに見られていないという思いもあり、言動が過激になる傾向があります。

 LINEグループは通常はメンバーが見ることもあるはずなのですが、バーチャルであるがゆえに、上司は「1対1の密室」と思い込んでしまうのだと思います。ところが、メンバーはやりとりを見ています。誰かが、止めるわけでもありません。ここに、LINEによるパワハラの怖さがあります。

 言葉による暴力だけでなく、長時間労働などが組み合わされます。パワハラで苦しみ、精神疾患になり、死にいたる人がいるのですから、本来はもっと厳しい目が向けられるべきなのです。 


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