4次にわたる中東戦争を経て、エジプトは反イスラエル路線を転換したものの、シナイ半島とスエズ運河の地政学上の重要度は今も変わらない。テロ対策もあるのか、スエズ運河の撮影は禁止され、兵士に見つかるとスパイ容疑で逮捕される恐れがある。最初に頼んだエジプト人コーディネーターは軍とのトラブルを恐れて協力を断ってきた。
今回はさらに「中国の国家安全当局」という別の壁が立ちはだかる。「コスコのロジスティックパークは、アインスクナ港の中だ」と港の関係者は説明した。
アインスクナには2018年、10周年を迎えたTEDAの中国・エジプトスエズ経済貿易協力区(約7平方キロメートル)がある。「一帯一路」と「スエズ運河回廊」の交差点と位置づけられる。
世界最大のガラス繊維メーカーである中国の巨石集団が進出し、エジプトを世界第三のガラス繊維生産国に押し上げた。その工場前にはコスコのコンテナを積んだトラックが止められていた。近くには「恐竜パーク」もあり、休日にはエジプト人観光客や家族連れでにぎわう。
政変続きのエジプトは改革に取り組む見返りに、2016年、国際通貨基金(IMF)から120億ドル(約1兆3200億円)の融資を受けることで合意した。「エジプトは1956年、アラブの中では初めて中国と国交を樹立した国。習主席になってから両国関係は一段と強化された。『債務の罠』に陥るスリランカやアフリカ諸国ほどエジプトは困っておらず、慎重に投資を受け入れている」。シンクタンク、エジプト外交評議会(ECFR)事務局長のヒシャム・エルジメイティ元駐日エジプト大使は語る。
2018年9月、シシ大統領と習主席は「新首都」と高速鉄道、スエズ経済貿易協力区での製油所開発、石炭火力・水力発電所、送電網など総額219億ドル(約2兆4000億円)のメガプロジェクトで署名した。IMFからの融資を上回る規模だ。この5年間では中国の投資が一番大きくなったという報道もある。
エジプトが神経を尖らせるのはイスラム過激派への資金提供で、「シシ政権はテロ資金取締法をつくり、テロに関係していると判断すれば没収できるようになった」とカイロ・アメリカン大学のアミー・オースティン・ホルムズ准教授は解説する。
新疆ウイグル自治区のイスラム過激派問題を抱える習主席とシシ大統領の利害は今のところ完全に一致している。
中国の港湾投資に詳しいオランダのクリンゲンダール国際関係研究所のフランス=ポール・ファン・デア・パッテン上級研究員はこう語る。
「世界における中国の港湾投資のスピードと規模は凄まじい。ギリシャのピレウス港では中国の軍事的リスクより中国製偽造品の増加が現実的な問題になっている。欧米は投資の恩恵を生かすためにも中国の独占支配や軍事的・地政学的な紛争が起こらないよう警戒が必要だ」
中国の「一帯一路」は南シナ海からスエズ運河、地中海へと巨大ヘビ・アナコンダのように延びる。アナコンダは中の獲物を囲い込むように急激に成長を続けている。
■「一帯一路」の衝撃 ルポ 中国に飲み込まれるジブチ・エジプト・ギリシャ
PART 1 中国マネーの甘い蜜に麻痺するシーレーンの要衝アフリカ・ジブチ
1⃣鉄道、港湾、軍事基地 経済と軍事の表裏一体でジブチを飲み込む中国
2⃣シーレーンの安全をアフリカの空と海から守る 自衛隊「海賊対処」の舞台裏
3⃣ジブチの礎を支える日本 中国式との差別化のカギは「持続的発展」と「現地化」
インタビュー 自衛隊がジブチで活動する意義 佐藤正久・外務副大臣
Part 2 「新首都」の建設と経済貿易協力区 水上の要衝・スエズ運河を取り囲む中国
Part 3 欧州の玄関港を"支配"する中国 「トロイの木馬」と化すギリシャ
Part 4 経済回廊でパキスタンを取り込んだ中国が抱える"ジレンマ"
Part 5 肥大化する一帯一路投資 「軌道修正」を図る中国
Part 6 「一帯一路」を「インド太平洋」で無害化
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