2023年2月5日(日)

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2019年4月1日

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土居丈朗 (どい・たけろう)

慶應義塾大学経済学部教授

専門は公共経済学、財政学、税制等。東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。東京大学社会科学研究所助手等を経て現職。『地方債改革の経済学』(日本経済新聞出版社)で2007年度日経・経済図書文化賞とサントリー学芸賞を受賞。近著に『平成の経済政策はどう決められたか アベノミクスの源流を探る』(中央公論新社、2020年)がある。

 しかし、マクロ経済スライドは、賃金上昇率が低い場合には発動されないことになっており、過去にはほとんど発動されなかった。そのため、今の高齢世代の給付は抑制されず、所得代替率はどんどん高まってしまった。04年に59・3%だったのが、09年に62・3%、14年には62・7%と上がった。そこを起点としてマクロ経済スライドを効かせて将来世代の所得代替率を約50%まで下げてゆくのだから、マクロ経済スライドをより厳しく効かせないといけなくなる。10年代にマクロ経済スライドをほとんど効かせられなかったツケが、ここに表れている。今年の財政検証でも、当然ながらそのツケが顕在化するはずだ。

 ただ、所得代替率50%は、前掲の3つの年金額の合計で達すればよいとされている。近年の株高で厚生年金の積立運用益が出ていることなどで、厚生年金の積立金残高は14年検証での予想よりも目下少し多くなっている。

 この積立金を将来の厚生年金の給付に充てれば、給付は維持できて所得代替率が下がらずに済む。50%を割らないようにするのに、3つの年金額のうち厚生年金の所得代替率を下げずに済むなら、基礎年金の所得代替率は多少下がっても達成できる。ということは、10年代にマクロ経済スライドをほとんど発動できなかった分、50年代ごろまで長期にわたりスライドを効かせて、基礎年金の所得代替率をより低く下げても、モデル世帯の所得代替率は50%を割らずに済む。

 モデル世帯なら、それでよいかもしれない。しかし、現役時に非正規雇用の期間が長く厚生年金に加入していない人や、単身高齢者はどうなるのか。彼らの老後の頼りは、基礎年金しかない。3つの年金の合計額で50%を維持できても、基礎年金しかもらえない人は50%を確実に割ることになる。

 14年の財政検証では、高い経済成長率を見込む経済前提の中でも最も成長率が低いケースで、所得代替率は厚生年金で24・5%、夫婦2人分の基礎年金で26%だった。このケースで、基礎年金しかもらえない単身高齢者なら、所得代替率は約13%にすぎない。しかも、40年間欠かさず保険料を払い続けて満額の年金給付をもらえてのことである。

 マクロ経済スライドを厳しく適用することになると、世代間格差是正のためには不可欠だが、モデル世帯で「100年安心」という結果が出ても、本当に高齢者が安心な老後を送れるかは疑問である。

安心できる老後保障に必要な
新たな年金制度改正

 では、持続可能な年金制度に基づき、多くの高齢者の老後の安心を保障するには、どうすればよいか。

 まず、財政検証において、楽観的な経済前提を排し、保守的な前提を採用すべきである。高い経済成長率を見込めば、現役世代の賃金も高くなり、それによって多くの年金保険料収入が入ると見込めるから、将来高齢者により多くの年金給付が出せるという試算結果になる。高成長を前提とすれば、年金積立金運用益も多く入ると見込めるから、なおさら給付を多く出せるという試算結果になる。

 しかし、過去2回の財政検証で用いられた高い成長率の経済前提は、これまで実現できていない。それでは、将来の年金給付は、捕らぬ狸(たぬき)の皮算用に堕する。それを避けるには、保守的な経済前提が欠かせない。厚生労働省も、14年の財政検証では、保守的な前提の検証結果も示している。それは、官僚の良心というべきだろう。


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