2024年4月22日(月)

古都を感じる 奈良コレクション

2011年11月11日

 正倉院の内部は三部屋に分かれ、北から北倉・中倉・南倉と呼ばれる。聖武天皇遺愛の品々は北倉に納められている。北倉の宝物は、光明皇后が悲しみに耐えきれずに手放した品である。

 美しい宝物の向こうに深い悲しみがある。そう思って見ると、宝物が違って見えてくる。もっと心にしみてくる。

 正倉院展が始まったのは昭和21年(1946)、敗戦の翌年のことである。

 戦時中、空襲を恐れて、宝物は木造の校倉から取り出され、コンクリートで屋根を補強した宮内省の事務所と奈良帝室博物館(現在の奈良国立博物館)の蔵に移された。

 戦争が終わり、宝物は校倉に戻ることになった。その時、地元から嘆願書が出された。せっかく博物館まで来ているのだから、博物館で展示してから戻してもらえないか。それまで正倉院宝物は特別な人しか見ることができなかったからである。その願いは聞き届けられた。

昭和21(1946)年に開催された正倉院特別展観(第1回正倉院展)の入場券

 昭和21年10月、正倉院特別展観が始まった。それは奈良で開かれる、最初で最後の正倉院展になるはずだった。

 しかし、敗戦間もないその時期に、信じられないほど多くの人々が訪れて、生きる勇気が湧いたと口々に語った。

 敗戦ですべてを失った日本。うちひしがれた人々に正倉院宝物は生きる勇気を与えた。

 正倉院展が翌年も開かれることになったのはそのためだ。そしてその翌年も、さらにその翌年も。そうして今年まで続いてきた。

 大地震、大津波、放射能汚染、そして台風。深い悲しみが産んだ宝物が、困難のなかを生きる人々に、明るく温かい光を降り注ぐ。
 


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