奈良の秋は正倉院展の季節である。今年も多くの方々が、会場である奈良国立博物館に足を運んでくださっている。
今年(2011年)の第63回正倉院展で注目されるのは、天下第一の名香である蘭奢待(らんじゃたい)が14年ぶりに公開されたことであろう。
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奈良時代の法隆寺の資財帳(財産目録)をみると、薫陸香・沈水香・桟香・青木香・白檀香・丁子香・安息香・甘松香・楓香・蘇合香・麝香・鬱金香・甲香など、たくさんのお香の名がみえる。
甲香は田螺(たにし)のような貝の殻を焼いて粉末にしたもの。それ自体は臭くて香料にならないが、他の香料と混ぜると、香りを安定させ、長持ちさせてくれるのだそうで、甲香の存在は、法隆寺でお香が調合されていたことをうかがわせる。
奈良時代の大安寺の資財帳にも、麝香・白檀・沈香・桟香・薫陸香・丁子香・衣香・百和香・青木香・零陵香・蘇合香・甘松香など、同じようなお香の名が並んでいる。
これらのお香は、お坊さんが香りを楽しむためのものではない。仏さまに香りをお供えする、つまり供養のための品。仏さまはよい香りが大好きなのである。こんなふうに奈良時代の奈良にはたくさんのお香が存在していた。
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蘭奢待は156.0㎝、11.6㎏の大きな沈香である。蘭には「東」、奢には「大」、待には「寺」が含まれていることから、蘭奢待は「東大寺」を隠した雅名といわれる。「蘭草と麝香の香り、よい香り」の意味で「蘭麝」という言葉があり、これを活かしつつ、麝を奢に変えて「東大寺」の3文字を隠す工夫がなされたのかもしれない。
沈香は東南アジアに自生するジンコウジュという樹木に生じる香材で、産地によって香りのもとになる樹脂の成分が異なるそうだ。蘭奢待は、近年の成分分析により、ベトナム中部からラオス国境に至る山岳地帯で採取されたものと考えられている。
今年の8月から9月にかけて、沈香を求め、香りを求めて、私はベトナムを訪れた。