発がん物質は、家庭調理でもできる
松永: (3)のアクリルアミドは私でもおかしさはわかります。だって、アクリルアミドは家庭調理でもガンガンできていますから。工業製品だから含まれ、家庭や職人さんの手作りだからできない、なんて話ではありません。日本人は、もやし炒めやカレーを作る時に使う炒め玉葱、家で揚げるフライドポテト、それに黒糖やコーヒーなど、いろいろな食品からアクリルアミドを摂取しています。フランスでは、家庭調理の研究があまり行われていないのかなあ。
畝山:(4)の内分泌攪乱化学物質の話も、おかしいです。論文では、「プラスチックから溶出するビスフェノールAのような内分泌攪乱物質」と記述されていますが、ビスフェノールAが溶出している可能性がある食品の代表は缶詰です。トマトの缶詰をたくさん食べていれば、ビスフェノールAの摂取量は増えるでしょう。でも、トマト缶は、この論文では超加工食品には分類されていないのです。プラスチックの包装材から溶出する可能性があるのは、フタル酸エステル類です。どうも、話をごっちゃにして論文に記述しています。
なぜ、一流誌にひどい論文が出る?
松永:どうしてこんなひどい論文が出てしまうのでしょうか。しかも、論文を掲載したBMJやJAMA Internal Medicineは、一流医学誌と言われています。一流誌に掲載されていれば、科学者でも信じ込んでしまいます。
畝山:こういうメディア受けを狙う研究ってあるんですよ。実は、BMJも論説コーナーで「そのまま信用してはいけない」とはっきり書いています。今どきのインターネットを用いた調査の可能性を探った論文、という程度の受け止め方がよいのでは。BMJは臨床医学誌で、栄養や食品に関する論文は専門ではないのでレベルの低いものが載ることもあるようです。これほどポイントを外した論文が掲載されるということは、論文掲載を審査した査読者は専門家ではなかったのだろうと思います。
英国では政府機関が論文批判
松永:海外では、一般紙などが大きく「超加工食品は危ない」と報道しました。一方で、そんな報道に対する批判も行われています。
畝山:英国の政府機関である国営保健サービス(NHS)は、論文を批判的に解説した記事を出しました。論文が言う超加工食品を多く食べる人たちは、喫煙や運動不足、食べ過ぎなどになりがちであり、リスクに大きく関わるかもしれない交絡要因を研究解析で取り除けていないのでは、と指摘しています。また、超加工食品が多岐にわたっていて特徴づけができないこと、調査方法が妥当であるかどうか判断できないことなども説明しています。「加工食品が悪く、リスクを上げている」というふうには結論できそうにもない、とはっきり書いていますよ。
松永:でも、そういう情報は少ないし、人目を引かない。結局、「危ない」という情報の拡散力は強いです。
畝山:今回のBMJの論文は、フランス人を対象とした研究結果です。こういうのがフランス人に人気がある、というのはよくわかります。いつものことなんです。「昔ながらの、手作りのものを食べましょう」というのが支持される。
論文では、NOVA食品分類、というやり方で加工食品を4つに分けています。グループ1は、Unprocessed or minimally processed foodsで、生鮮品や乾燥、粉砕、冷凍や冷蔵、低温殺菌、発酵などの加工による果物や野菜、豆類、パスタ、肉や魚、ミルクなど。グループ2はProcessed culinary ingredientsで、塩や植物油、バター、砂糖など、要するに一般家庭に昔からあるような加工品のようです。グループ3は、Processed foodsで、塩分を加えられた野菜の缶詰や砂糖でコーティングしたドライフルーツ、食塩のみで保存性を高めた肉製品、チーズ、包装されていない新鮮なパンなどだそうです。そして、グループ4のultra Processed foodsです。
松永:分類が、なんとも恣意的でうさんくさい。たとえば、伝統的な製法のハムやソーセージは、岩塩に自然に含まれる亜硝酸塩の力を上手に利用して加工されています。伝統製法のハムやソーセージは良い食品で、工場で亜硝酸塩、つまり発色剤を添加して作るハムソーセージは悪い、だなんて、とんでもない言いがかりです。