明治の反知性主義が見た中国

2019年5月28日

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樋泉克夫 (ひずみ・かつお)

愛知県立大学名誉教授

中央大学法学部、香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士後期課程を経て外務省専門調査員として在タイ日本国大使館勤務。著書に『華僑コネクション』『京劇と中国人』『華僑烈々―大中華圏を動かす覇者たち―』(以上、新潮社刊)など。

[著書]

日本こそが、中国を救うことができる

 ここで西島は「本邦商勢の微弱」という現実を前にしても、我が国の「領事は其意見を揮ふこと能はず」。「商賈は其利権を拡張すること能はず」して、「徒に目前の小利に汲々して共同の利益を計り外人に拮抗するの策をなさ」ない、と続ける。

 ともかくも日清戦争に勝ったくらいではダメだ。現状を打ち破らない限り、上海で見られるように、我が国の劣勢は挽回し難い。であればこそ「我日本国民たるもの奮励一番を要すべき」だ。「蓋し其実力を発揮する今の時よりよきはなし」なのである。

 アジアに向かって侵略の鋭い牙を向ける西欧列強に対抗して「快刀を下」し、「東洋先進国たる実力を示」すことこそが、日本の使命である。一方、日清戦争敗北によって、やっと日本の「実力」や「文明の進歩」を知ったことで、清国には「我に依頼するの感念」が生まれるようになった。そんな清国に対し「西欧列強の強求」が加わるものだから、「益々清国民を駆りて我に向はしむるに至れり」。まさに「我の清国民を啓発誘導する」好機到来である。

 「朝鮮の独立を鞏固にし東洋の平和を永遠に保持する」という日清戦争の目的を達成した。「我国民は廉潔にして尚武の民」であり、「淡泊にして邪気なきの民」だから、「隣邦の禍難」を救うことができるはずだ。やはり清国に「誠心誠意」で対応し、「啓沃開発」する必要がある。だから日本は「宜く上下斉心天然の関係を利用し人事の経営を悉くし」て、「西力の東漸を防遏」しなければならない。これこそが「今日の急務」なのだ。

 そこで西島は、官僚制度の徹底的改革と官僚の資質向上を通じて「政事の弊害を洗滌」することを「清国今日に於る一大急務」であると位置づけ、財政、農業、工業、商業、社会生活などの問題点を指摘し、その改善方法を論じている。

 そして最後を、次のように結ぶ。

 彼らは元来が「剛毅の民」「堅忍不抜の民」であったが、興亡止まない歴史のなかで「奔利附勢(利に敏く、強いものに靡く)の風習」が身に沁みついてしまった。だが元来の性質が消えてしまったわけではなく、私利私欲の念を捨て去れば「毅然として義に殉ひ凛乎として節を守」るようになる。「清国民の気稟性情は概ね此の如」きであり、このような「人民三億八千余万あるなり」。だから彼らを宜しく「訓養統帥」し、敢えて苦難の道に向かわせるべきだ。そのための支援を日本こそが進んで引き受けよう。それこそが「亜細亜の亜細亜」を実現させる道だ。

清国に対する「誤算」

 以上が『實歷清國一斑』を通じて訴えた西島の考えであり、それは彼が師と仰ぐ荒尾の信念に通じるに違いない。だが奇妙なことに荒尾はもちろん西島もまた、「剛毅の民」であり「堅忍不抜の民」である清国人が、いつ、どのような経緯と理由で「奔利附勢の風習」に染まってしまい、「利己私慾の念」が「一般人心を支配」し、遂に「所謂剛毅の美徳は消磨した」のかを解き明かしていない。

 その点を不問にしたままでは、日清両国民が手を携えて欧米によるアジア支配の策動を撥ね退けようという理想を実現することなど到底覚束ない。「奔利附勢の風習」の根治は、至難のうえに至難だろう。

 西島は当時の清朝改革運動である戊戌の変法に全面的賛意を表し、「清廷たるもの須く奮励一番せずして可ならんや」とする。だが、その「清廷」が「奮励一番」することはなかった。この辺りに、当時「志士」と呼ばれ、清国支援、清国との連帯を掲げた西島たちの悲劇(誤算?)があったように思える。あるいは「アジア主義」の陥穽と言うべきか。

 我が国と「一衣帯水」「同文同種」「唇歯輔車」の関係にあると形容される国は、歴史的にも日本にとって厄介極まりない存在なのである。

 21世紀初頭に西島が蘇り、アメリカと真っ向勝負を展開する中国を目にしたら、さて、なんと口にするだろう。「所謂剛毅の美徳」が復活したと見做すだろうか。それとも、やはり「政事の弊害を洗滌」しないかぎり対米冷戦敗北必至と指摘するだろうか。一方、母国に向かっては「東方の先進国として徒に内に在りて誇称するな」と一喝し、「日本国民たるもの奮励一番を要すべきなり」と激励の一言を口にするだろうか。

  
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