2024年11月22日(金)

野嶋剛が読み解くアジア最新事情

2019年6月20日

「逃亡犯の引き渡し」が招く深刻なリスク

 この重要会議の中で香港政府は5つの原則について中国側に提示を行なったという。

 「香港の法律に依拠している」「一国二制度の原則と両地の司法制度の差異を考慮に入れる」「香港政府は司法権と終審裁判権を持っていることに留意する」などとされ、香港側は「これが香港政府のボトムライン(底線)だ」と提示したという。

 この提示を受けて、中国側も一時的に冷静になり、香港に対する逃亡犯引き渡し問題が引き起こす問題の深刻さを認識したようだ。一国二制度とはつまるところ法律問題である。「二制度」であることをいかに香港人に向かって保証するかそれが鍵なのだが、逃亡犯の引き渡しは、この点を危うくしてしまうリスクを持っている。

 そこで馬正楠氏は「適切さを欠いた思考では衝突は収められず、さらなる衝突を引き起こすだけだ」という点を鋭く指摘し、「先例主義(個別の案件の積み重ね)」によって事案を処理しながら、その都度、双方が議論を重ねることで次第に将来の制度化(条例改正)につなげていった方が得策であるという、非常に現実的な提案を行なっている。

 私の予想では、少なくとも2017年まではこの方針が承認され、逃亡犯条例の改正は香港政府も中国の中央政府も慎重な姿勢を崩していなかったように思う。しかしながら、2018年になって状況は次第に変わってくる。それが、2018年2月に起きた殺人事件であり、米中貿易戦争の激化とそれによる中国経済の不安定化ではないだろうか。

台湾側の申し出を無視した香港政府

 香港政府の不自然な動きも2018年末ごろから始まっていた。台湾検察は2018年12月に香港人男性を指名手配し、引き渡し協定がない香港に対して、台湾側は3度にわたってレターを送り、解決に向けた司法協力の申し出を行なっていたが、そのどれに対しても香港政府から回答がなかったと台湾側は明らかにしている。

 そして、しばらくの沈黙のあと、2019年2月に香港政府の保安局が立法会に逃亡犯条例の改正案を提出し、法案の審議入りが決まったのである。

 だが、台湾人の中国移送のリスクを知った台湾側は3月25日に「もし改正案が通れば、香港に渡航警告を出す」と通告した。香港社会も反対の声をあげて3月に1.2万人のデモを実行。まだ市民の反発はそこまで強くはなかったが、さらに台湾側は5月9日に殺人犯の男性の受け入れをしないと表明。改正の根拠が弱まるなか、香港市民も何かがおかしいと本格的に感じ始めて、法曹界や商業界も巻き込んだ反対運動が盛り上がった。大きかったのは天安門30周年記念式典があったことだ。そこで18万人のデモがあり、勇気付けられた市民は6月9日に103万人が街に繰り出した。


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