2024年4月19日(金)

野嶋剛が読み解くアジア最新事情

2019年6月20日

「香港人カップル殺人事件」が口実に過ぎないワケ

 そんなときに、格好の口実として浮かび上がったのが台湾で起きた香港人カップルによる殺人事件。トランクに女性を詰めて香港に逃げ帰るという凶悪な犯罪に香港の世論も憤慨した。これを口実に逃亡犯条例の改正を進めようではないか。そんなシナリオが、中国の中央政府から香港政府に持ちかけられたとしたら――

 これらは推測ではあるが、実は裏付けになりえる状況証拠はある。いろいろと情報を探していたら、香港のニュースサイトで尹瑞麟というコラムニストが書いている「《逃犯條例》修訂的前世今生――特區政府沒告訴市民的事實(「逃亡犯条例」改正の過去と今――特区政府が市民に告げない事実)」というタイトルの文章をみつけた。

 香港人カップル殺人事件の犯人の男性は香港で別件逮捕され殺人容疑も認めているが、引き渡し条例がない台湾との間で緊急に対応が必要になった。「法の抜け穴を埋めなければいけない」(キャリー・ラム行政長官)という理由が語られていた。

 しかし、この逃亡犯条例の問題については、かねてから中国の中央政府と香港政府の間に返還後まもない1999年から繰り返し、会議が重ねられていたという。尹瑞麟によれば、2011年に中国の学術誌「法律家」で、当時、この話し合いに参画していた馬正楠という法律の専門家らが「香港と内地の逃亡犯条例の先例方式」という論文を書いており、そのなかで1999年3月、8月、11月、2000年3月に条例改正の問題を本国と香港の間で協議していたと明かしている。

 馬正楠氏はさらに2018年に中国で『香港与内地刑事法制冲突问题研究(香港と内地の刑事法制度の衝突の問題研究)』という本を出版している。それによると、2010年10月には香港の保安局長が北京を訪れ、中国の公安部長・孟建柱らと会談し「ともに積極的に両地の逃亡犯引き渡し問題で協議を進め、できるだけ早期に署名や関係措置をとるよう努力する」という点で合意に達していたというのだ。

 ここからわかるのは、香港政府が説明する、台湾での殺人事件を解決するために条例改正が必要だという部分は不完全な事実であったということである。


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