ところが、伝送路にも想定外の被害が及んだ。それは、二重系化してある中継局間の基幹伝送路(光ファイバー)が、どちらも断絶する箇所があったことだ。こちらは通信容量の小さい無線回線では代替できない。ドコモに限らず携帯電話各社は、東北地方における伝送路の多くに、NTT東日本の光ファイバーを利用しており、その回線復旧を待つ必要があった。無線通信も固定通信に依存しているのである。
例えば、福島第1原子力発電所から10キロ圏内にあったNTT東日本の富岡ビル。4月13日、NTT東日本からは中島康弘災害対策室長ら10名の管理職が、ドコモからも管理職4人が現場に向かった。
NTT東日本は、このビルを復旧させることで、これに連なる他の5つの電話局を稼動させることができ、ドコモにとっては、富岡ビルの中に基地局が使っている回線が収納されているため、7つの基地局を復活させることができた。
泥臭い固定通信復旧
無線通信の底辺も支える固定通信の復旧作業を見てみたいと、4月19日、宮城県石巻市にある「NTT東日本北上ビル」の復旧活動を取材した。石巻北部の北上川の河口付近にある宮城北上ビルは廃墟と化していた。
固定電話の仕組みは、個別家庭から最寄の電話局にある加入者交換機につながり、さらに中継交換機へとつながる。そして、今度はそれを逆戻りして、かけたい相手の家庭の電話機につながる。加入者交換機や中継交換機が収められている建物を「通信ビル」というが、中継交換機の入った通信ビル(上位ビル)が、加入者交換機が入った複数の通信ビル(下位ビル)を従えており、北上ビルはこの下位ビルにあたる。
NTT東日本によれば、今回の震災で岩手、宮城、福島県合わせて41の通信ビルが全壊、浸水などの被害を受けた。津波に遭った宮城北上ビルの建屋は、壁が破れ、室内にも泥やがれきが散乱した状態。さらに敷地は地盤がえぐられ、がれきが散乱しているため、SBMという交換機が入ったコンテナに似たボックスが用意されていた。少し離れた場所にあるJAの敷地を借りてこのSBMが設置された。
宮城北上ビルの前では建柱作業が行われていた。SBMと中継機が入ったビルを伝送線でつなぐための電柱を建てているのだ。作業員の背後には、スチール製の電柱がいくつも建っていた。小雨混じりで肌寒いなか、電柱を建てるために1.5メートルの穴を掘るのは過酷な作業だ。しかも、すべて手作業である。機械を使わないのかと問うと、ベテラン作業員から「機械で掘って、この泥の下に遺体があったらどうするんだ」と嗜められた。確かにすぐ隣では、長い棒を持った岐阜県警の警察官たちが遺体捜索をしていた。
新たに穴を掘ると、津波を被った地区だからだろうか、とめどもなく水が溢れ出てくる。「ここはどうしようもないな」というため息が作業員から漏れた。掘る場所を変えてはどうかと尋ねると、「電柱を建てる場所は、住民の方に伺ってから決めているので無闇に変えることはできないのです」との答えが返ってきた。
水で穴の側面が崩れないように穴には樹脂製のパイプが入れてある。パイプがスッポリ入るように、上から鉄の棒で叩くがなかなか入らない。「もう、入りません」と若手が言うと、「まだまだ」とベテラン作業員が重い鉄の棒を持って交代する。見た目にも若手のほうが力はありそうなのに、ベテラン作業員が叩くと、パイプはどんどん沈んでいった。
「これでもう少し掘れるだろう」と、道具を渡した。電柱が入る穴を掘るためだけに使う穴掘り専用の道具だ。引き手が2本ついていて、その先には向かい合ったスコップが2枚。引き手を開くとスコップも開いて土を削り、引き手が合わさるまで閉じると、スコップも閉じて土を掬うことができる。ベテラン作業員が掘ると泥が吐き出されるが、若手がやると水だけ掬うことが多い。
こんな作業を延々続けてきたかと思うと、本当に頭が下がる。彼らは神奈川からわざわざ駆けつけたNTTの協力会社の作業員だが、普段はケーブルを張ることが専門だという。感心すると、「昔取った杵柄だよ」と、ベテラン作業員は少しだけ照れ笑いをした。
過酷な環境で懸命に働く、多くの人びとの貢献があってはじめて、通信はつながるのである。
◇WEDGE REPORT 「インフラ復旧 危機対応の物語」
(1) ヤマト運輸
(2) NTTドコモ・NTT東日本
(3) 仙台市ガス局・日本ガス協会
(4) 東北電力
(5) 東日本旅客鉄道
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