だが、津波により冠水した屋内の電気設備が漏電し、火災が発生する可能性があるため、送電には家人の立会いが必要となる。また
、被害も広範なため、84人の所員では到底カバーできない。そんな時、強力な助っ人となってくれたのが、応援部隊だった。同社では、今回のような緊急時に他県の支店の判断で被災地へ部隊を派遣することができるのだ。もちろん、応援部隊が一部地域に集中しないよう、派遣元の支店間や本店とも調整を行う。
今回、新潟支店など日本海側の支店は当日中に復旧要員を確保。応援部隊を編成して夜を徹して被災地へ駆けつけ、三陸自動車道矢本インターチェンジ付近の場所に集結。そこから石巻や女川町へと向かった。石巻地区では、配電工事を行うグループ会社のユアテックをはじめ、立会い作業や復旧工事に最大約1000人が携わり、5月10日時点で、津波による流出被害等を除き98%が復旧している。
本店と現場の信頼 背景にあった訓練
こうしたスピード復旧の背景には、同社独自の「自律型応援・復旧体制」があったといってよい。同社はこれを、2004年10月の新潟県中越地震を機に導入し、定着をはかってきた。それは、先述した応援部隊の派遣だけでない。本店が被災事業所に復旧作業の裁量を与え、被災事業所の負担を軽減するため、応援部隊は与えられたエリアの復旧や送電作業を自らの判断でできるようになっているのだ。
「こうした場合、現場に判断を任せる対応が合理的だ」と橋浦さんは言う。だが、こうした思い切った権限委譲は、本店と現場の信頼関係がなければ、簡単にはできないはずだ。これを実現した要因には、中越地震や07年中越沖地震による大規模停電対応によって得られた知見、教訓に基づいた訓練によって、信じて任せられる現場を育ててきたことにある。
具体的には、9月1日の防災訓練のほかに、年に2回の本店主催訓練のほか、各部門、各支店、現場単位で停電した際の現状把握や復旧作業の基礎的な訓練が繰り返し行われている。配電部門では、大規模停電が発生したとの想定で本番同様、他県から社員を派遣し、復旧工事の訓練も行ってきた。
また、09年からは津波による被害を想定した訓練も取り入れた。今回、宮古・釜石の各営業所では、地震直後、従業員は訓練どおりに避難し、安全確保のうえ、復旧作業にあたった。まさに、訓練の賜物だといってよい。
配電部門のような自律型復旧体制ではないが、訓練の成果は、変電部門でも大いに役立った。
例えば、石巻工業港付近にある重吉変電所。同変電所は、石巻技術センターが保守・工事を行う。「もう、想像以上の被害で言葉になりませんでした」と同センター発変電課課長・村上清記さんが語るほど、変電所は津波によって甚大な被害を受けた。また、同センターは、震災当日から4日間、通信手段は現地との交信で使う無線のみで、支店と本店にも電話がつながらない状況に追い込まれていたのだ。だが、「連絡が取れないとしても、訓練通り、自分たちのやるべきことをやるだけだ」と村上さんらセンターの社員は決断。同センター管内にある24カ所の変電所の設備状況を確認し、ユアテック社員とも連携し、復旧工事に入った。1日でも早く復旧しようとするその努力の甲斐あり、5月下旬には一部の工場に送電できる見込みだ。
前出の小原さんは言う。「停電の際に重要なのは、本部が現場の状況を正確に把握することです。その訓練をしてきたおかげで、今回のように想定を超える大規模な停電でも冷静に復旧工事を進めることができました」。また、石巻技術センター・阿部智さんは「異常時に何をなすべきか、体に染みついている。下地になっているのは訓練です」と話す。
東北電力と合同訓練を行うグループ会社も同様だ。ユアテック工務課・小山圭介さんはこう語る。「今回のように被害が広範囲であっても、復旧工事の基本は同じです。逆に、普段やってないことはできませんから」。
復旧に向けた課題がないわけではない。重吉変電所の復旧には数年かかるうえ、津波により壊滅的な被害を受けた地区は、がれきの影響などで未だに復旧作業に着手できずにいる。現在、行政と連携しながら復旧作業にあたっているが、長期戦は避けられそうにない。だが、起こるべく災害に対して、十分に訓練し、信じて任せられる現場を育てることで、最良の判断で現場が動くことを、東北電力の復旧プロセスは我々に教えてくれている。
◇WEDGE REPORT 「インフラ復旧 危機対応の物語」
(1) ヤマト運輸
(2) NTTドコモ・NTT東日本
(3) 仙台市ガス局・日本ガス協会
(4) 東北電力
(5) 東日本旅客鉄道
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