鱒の姿寿司は昭和の頃まで全国各地で人気の駅弁となっていた。御殿場線でも戦前には山北駅の鮎寿司が全国的に知られていた。しかし、御殿場の「鱒の姿ずし」は、なんと美しいことだろう。
光り輝く鱒の身、酢飯、昆布…… 視覚も楽しい姿寿司
天が魚に与えた流線型と、寸分違わず見事に形状を揃えた酢飯は白く輝く。食べやすいようスライスされた鱒を見れば、その断面が白色に光る。何色と例えず昆布色と表現したい昆布の厚さと固さは、他に思い当たらない。歯応えを得るため噛んでもよし、香りを付けて残してもよし。分量は控えめなので、乗車時間が短い御殿場線での鈍行旅行でも、寿司も景色もともにゆっくり眺めて味わいながらいただける。
「鱒の姿ずし」が駅弁としても紹介されるようになったのは、インターネットの時代からである。御殿場駅におけるかねてからの駅弁屋は、沼津駅や三島駅でも営業する桃中軒である。明治時代から国鉄公認の駅弁屋であるから、その許認可をもとに一次資料として駅弁紹介本を編むと、駅弁や駅弁屋としての許認可がない商品は抜け落ちる。私鉄の駅弁も漏れる。だから後世に活字として残ってこなかった。
幸か不幸か、桃中軒は御殿場駅でそば屋を営むが、ここでの駅弁の購入は前日までの予約を要する。だから、御殿場駅へふらりと訪れて買える駅弁は、こちらの「鱒の姿ずし」である。今は国鉄の時代ではないから、JRの認可の有無にかかわらず、駅で売られる地元の弁当はなんでも駅弁になれる資格がある。駅前や駅売店で人気が出た弁当を、後になってJRが駅弁として宣伝することさえある。旅客の嗜好の変化により、今は駅弁としては稀少品となった姿寿司。夏季には「鮎の姿ずし」も登場する御殿場駅は、そろそろ姿寿司駅弁の最高峰になろうとしている。
福岡健一さんが運営するウェブサイト「駅弁資料館」はこちら
⇒ http://kfm.sakura.ne.jp/ekiben/
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