2023年2月8日(水)

VALUE MAKER

2020年1月11日

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磯山友幸 (いそやま・ともゆき)

ジャーナリスト

千葉商科大学教授(4月から)。1987年日本経済新聞社に入社。フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長などを務め、11年に独立。著書に『2022年、働き方はこうなる』(PHPビジネス新書)など。

 ちなみに、沈下橋とは河原に架けられた石やコンクリート製の欄干もない簡素な橋で、大雨で四万十川が増水すると、水面下に「沈下」し流されないように作られている。自然に逆らわないこの地方特有の橋で、今残る48本は、多くの人が訪れる地域の観光資源になっている。

 梅原さんが作った総合計画は一風変わったものだ。タイトルは「十和ものさし」。流木にメモリを付けた写真を載せた。そしてこんなメッセージが書かれている。

「自然が大事、人が大事、ヤル気が大事」

 梅原さんは言う。「地域の総合計画は国や県からのお仕着せがほとんど。自分の考えを持て、というのが最も言いたかったことです」

やわらかい緑の光が差し込むデザイン事務所で仕事を行う梅原さんとスタッフの皆さん

 実は、梅原さん。村内の沈下橋が壊される計画を知って、沈下橋で渡った対岸に家を借り、3年半にわたって住んだ。沈下橋が将来に残すべき村の財産だと思っての行動だった。

 そんなある日、沈下橋を渡ってひとりの青年が梅原さんを訪ねてきた。畦地履正さん。当時26歳。農協の職員で貯金を集める担当だった。梅原さんは畦地さんとの出会いを貯金集めに来た「偶然」と言うが、実は畦地さんは地域おこしについての梅原さんの講話を聞き、心酔していた。仕事を理由に会いに行ったのだった。

 この出会いが、四万十を舞台に、梅原さんのデザインを、畦地さんが形にし、全国に売り出していくという役割分担を生み出していくことになる。

 「畦地に農協なんぞ辞めてしまえと言ったら、本当に辞めてしまったんです」と梅原さん。その後、第三セクター(現在は完全民営)だった「四万十ドラマ」の職員として採用された畦地さんは、梅原さんの描くデザインをひとつひとつ実現していくことになる。

 梅原さんのコミュニケーション力、人とつながろうという力は凄まじい。時に強引でもある。

 「あなたの水について原稿を書いてください。お礼は四万十川の天然鮎をお送りします」

「四万十ドラマ」のはじまりとなった『水』の本と、梅原さんの作品

 そんな内容の手書きの手紙を一面識もない著名作家らに送ったのだ。22年前のことだ。四万十ドラマの仕事として生まれた『水』の本は、そんな無茶なやり方で始まった。45人に依頼し、18人が引き受けた。無礼だと怒った作家も6人いたという。

 浅井愼平、筑紫哲也、赤瀬川原平─。錚々(そうそう)たる書き手が原稿を寄せた。何もない田舎でも知恵と工夫で日本を代表する人たちの本が作れる。十和の人たちに、やればできる、という突破力を見せ付けることになった。それから3年間、執筆した人たちに四万十川の天然鮎1キロを贈り続けた。

 町民の出資で民営化した四万十ドラマは、地域にできた道の駅の指定管理者となり、十和の品々を全国に発信していくことになる。もちろん、梅原さんのデザインが最大の切り札。それを畦地さんが形にしていった。


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