「烏坎は自己の実践により、民主的な方法で問題解決する可能性を論証し、中国が民主化と社会の長期安定を促進する潜在力があることを示した」(2月20日付『経済観察報』)
烏坎の社会矛盾解決方法は「烏坎モデル」と呼ばれ、他の農村にも広がるのではないか、という楽観論も広がるが、昨年12月以降、烏坎村に住み込み、選挙成功に向けた指南役を任されている熊偉・北京新啓蒙公民参与立法研究センター主任は筆者にこう指摘した。「現在烏坎モデルなどない。開明的な政府が烏坎の民主選挙を支持したが、あなたも選挙現場を見ただろう。『十分に支持した』とは言えない。村民からすれば土地も奪還していないし、成功してはいない」。
熊偉によると、烏坎事件はある意味、(1)当局に拘束されたりして村民の抗争意識が強かった(2)人口が1万3000人と他の村より多い(3)林祖鑾という理性的かつ原則を堅持する精神的リーダーがいた─など特殊ケースだという。林は3月3日に行われた村民委主任(村長)選挙で、91%の高得票率を得て当選。選挙で選ばれた副主任、委員を含めた村民委メンバー(計7人)も抗議活動リーダーで占められた。
林の下で村民たちは「われわれが打倒するのは地元書記ら『悪代官』で、北京の党中央はわれわれを守ってくれる『皇帝』だ」という意識を前面に出した。根本的問題を、地元書記の腐敗や不正選挙、土地収用に絞り、「反体制」を打ち出さなかったことは胡錦濤や汪洋にとって「妥協」の余地を生み出した。さらに外国メディアを味方につける戦略が奏功し、3月3日の選挙には200人近い内外記者が取材に駆け付け、市当局なども「2月11日より自由な選挙を認めざるを得なかった」(村民)。
烏坎事件のように共産党を下から突き動かす民の権利意識は、社会を変える「力」になるが、筆者はさらに(1)司法問題を体制改革の突破口にしようとする弁護士の「団結」23億人がつながるミニブログ「微博」(中国版ツイッター)を通じたムーブメント─も、社会変革を促す新たな動きとして注目している。
例えば、秋の共産党大会で最高指導部入りを狙う薄熙来重慶市党委書記の腹心で、汚職疑惑が浮上した王立軍前市公安局長が失脚した後、四川省成都の米総領事館に駆け込んだという謎に包まれた事件。まず総領事館周辺に集結した大量の警察車両に網民(ネット利用者)が相次ぎ疑問を持つ。誰かが「王立軍が米国に庇護を求めた」とつぶやくと、敏感な問題すぎて報じることが許されない新聞記者が情報源に取材して自分の微博で「噂は事実だ」と裏を取る。網民が、秘密のベールに包まれてきた共産党の権力闘争を明るみに出そうと奮闘した姿は、政治と市民の距離を近くした。
全人代を見ていても真の中国は見えない
自ら提言を発信したり、その案件に関与したりして「体制」にインパクトを与えようと努力する改革志向の「アクター」が中国では増え続けている。こうした中国社会のダイナミックな変化を認識した上で、日本政府・国民はどう向かい合うべきか。
少なくとも日本には進んだ司法制度が存在し、複数の改革派弁護士は「近代以降、『司法の独立』を実現し、和洋折衷の司法制度を構築した日本は、同じ東洋文化の国として参考になる」と漏らし、日本が誇る先進的な制度が、中国民主化に向けた「モデル」になる可能性を指摘する。こうした改革派知識人は今や微博などで発言権を増しており、今後10~20年という中長期的な将来、中国で仮に「大変革」が起こった場合、中心的役割を担う人物になろう。今のうち彼らと交流を深めれば、日中関係にとってどれだけ有益となることか。
日本はいまだ、毎年3月に北京で開催され、同じテーマばかり議論する全国人民代表大会(全人代)に注目している。しかし中国の真の変化はもはや全人代会場の人民大会堂では見えもしないし、語られることもない。日本政府は、共産党・政府ルートだけでなく、現実に中国社会に変化をもたらそうと行動している公共知識人や弁護士らに「日本」の経験や制度を吸収してもらう戦略的な対中交流プロジェクトを強化してみてはどうだろうか。
(※記事中の写真はすべて筆者提供)
◆本連載について
めまぐるしい変貌を遂げる中国。日々さまざまなニュースが飛び込んできますが、そのニュースをどう捉え、どう見ておくべきかを、新進気鋭のジャーナリスト や研究者がリアルタイムで提示します。政治・経済・軍事・社会問題・文化などあらゆる視点から、リレー形式で展開する中国時評です。
◆執筆者
富坂聰氏、石平氏、有本香氏(以上3名はジャーナリスト)
城山英巳氏(時事通信中国総局記者)、平野聡氏(東京大学准教授)
森保裕氏(共同通信論説委員兼編集委員)、岡本隆司氏(京都府立大学准教授)
三宅康之氏(関西学院大学教授)、阿古智子氏(早稲田大学准教授)
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