軍事上の理由もある。中国は1980年代から近海防衛を重視し、日本列島、南西諸島、台湾、フィリピン群島、インドネシア群島、シンガポールなどからなる「第一列島線」までの防衛力強化に取り組んできた。近年、中国海軍は近海防衛から遠海防衛へと舵を切りつつあり、とりわけ沖縄本島と宮古島の間に広がる宮古海峡から太平洋に出て、伊豆・小笠原諸島とマリアナ諸島を結んだ「第二列島線」までの海域での活動を活発化させている。
15世紀に西洋列強が極東に進出して以来、これら列島線はアジアの覇権を握る鍵であった。スペインはフィリピンを領有し、オランダは台湾とインドネシアを、イギリスはシンガポールを支配した。ペリー提督率いるアメリカ東インド艦隊は、日本に開国を迫る前に沖縄と小笠原に寄港地を確保している。つまり、アジアの地政学は長らく“列島線をめぐる戦い”であった。その帰結が、日米で列島線を奪い合った太平洋戦争である。
中国の「5頭の龍」とは
しかし、軍事力で列島線を奪い合った帝国主義の時代はもはや過去である。現在、列島線はアメリカの同盟国・友好国の施政下にあり、中国がこれを軍事力で強引に奪うことは容易ではない。そこで、中国はこれら列島線が生み出す沿岸海域、つまり東シナ海や南シナ海の支配に重点を置いている。これらの海域は沿岸国の排他的経済水域(EEZ)であるため、今日のアジアの地政学は“EEZをめぐる戦い”に変容しているのである。
各国は国連海洋法条約に基づいて基点から200海里までEEZを主張することができるため、東シナ海や南シナ海に点在する島はEEZの基点として極めて重要である。だからこそ中国は東シナ海の尖閣諸島や南シナ海の西沙・南沙諸島の領有権を強硬に主張していると考えられる。EEZを拡大して漁業・エネルギー資源の確保を目指すとともに、EEZを領海の延長と位置づけて他国の軍事活動を制限することが中国の海洋戦略の本質である。
ただし、中国政府が一丸となってこの戦略を実践しているわけではない。海軍の他に、海洋監視船を運用する国家海洋局や漁業監視船を運用する農業部漁業局など、「5頭の龍」と呼ばれる5つの海洋関係機関がある。諸機関の間で政策の調整が行われることはまれで、むしろ影響力の拡大をめぐって相互に競合関係にあると考えられている。海洋関連機関を統合する動きもみられるが、それぞれの利害を調整するのは容易ではないだろう。
「基」から「動」へ
では、このような中国の海洋戦略に対し、どのように南西諸島を守るべきであろうか。
まず、南西諸島防衛を尖閣の防衛に矮小化するべきではない。漁業監視船や海洋監視船は尖閣周辺での活動を活発化させているが、海軍はむしろ宮古海峡からの太平洋への進出を常態化させつつある。いずれは大隅海峡やバシー海峡からも太平洋に出るようになるであろう。中国機に対して航空自衛隊がスクランブル発進する数も急増しており、最近は戦闘機が接近することも多くなっている。南西諸島は1000キロ以上の長さがあり、数百の島から成り立っている。尖閣の防衛は、南西諸島防衛という大きな枠組みの中で考えなくてはならない。