前足を踏ん張り翼を広げたドラゴンが、切り株の上で頭をもたげている。しなやかな翼、ゴツゴツ硬そうな鱗、鋭い爪などそれぞれの表情や質感は異なって感じられるが、これは1枚の紙で折られたもの。2018年の折紙探偵団関西コンベンション作品コンテストで優勝した、若き折り紙作家・有澤悠河(ありさわゆうが)の作品で、構想5年、制作に5カ月を要した入魂のドラゴンである。「マツコの知らない世界」などテレビ番組でも紹介され、「折り紙王子」と巷(ちまた)で呼ばれて一気にその名が知られるようになった有澤は、王子という呼称の華やかさとは対極のシンプルな白いポロシャツ姿で現れた。
「今僕は、美濃手漉き和紙工房『コルソヤード』の従業員なんです」
コルソヤードは、長良川を眼下に望む岐阜県美濃市に小さな農場と工房を構え、白山羊2匹と黒山羊1匹、合鴨で除草や駆虫を行いながら楮(こうぞ)やトロロアオイを栽培し、伝統的な手漉き和紙、雁皮紙(がんぴし)などさまざまな紙を漉き、和紙のジュエリーやコーヒーフィルターなどの製造販売も行っている。
この工房の主、澤木健司のもとに16年3月、札幌市の高校を卒業すると同時に弟子入りして3年半。22歳になったばかりの有澤は、物静かで実直な若い職人の風情と、緻密な作品を折り上げるナイーブさを漂わせている。
中学校1年でギラファノコギリクワガタを1枚の紙で見事に表現した折り紙作品を完成させ、高校の時には折り紙の作品展を開催して地元の新聞にも紹介された有澤が、なぜはるかに遠い美濃市で手漉き和紙の職人として暮らすことになったのか。その接点に折り紙が存在することは確かだが、有澤は自らを「紙漉きの職人です」という。
「高校の時から紙漉き職人になりたいと思っていました。紙のあたたかさや強さに惹かれて、紙そのものを作りたくなっていたんです。職人になるのは大変だとみんなが言うので、それなら折り紙は諦めてもいいというくらいの気持ちでここに来ました」
折り紙を通して紙と出会い、いつか紙への思いがより強くなっていったのだろうか。原点だったはずの折り紙を諦める覚悟で美濃にやってきたが、今は両方をしっかりと手の内に入れているようにみえる。