現在、有澤は工房の裏に住み込んで3食自炊。通勤時間30秒の職住超近接。山羊や鴨の世話をしたり農作業をしたり、もちろん紙漉きの日は終日工房で立ちっぱなしの作業が続くが、折り紙に専念する日もあるという。常に新しい作品の構想が頭にあり、それを折るのに適した紙も考える。
今、注文が殺到しているのが、チョコンとお座りした小さな猫のピアスやイヤリング、ネックレスなどの折り紙ジュエリー。
「これまでの作品で一番苦労したかもしれない。どこから見ても猫に見える折り方を考え展開図にたどり着くまで2年かかりました。このために特別な紙も作りました」
光に透かした時に美しいのは、体の部分が空洞で紙が重なっていないので薄くて光を通すから。106もの工程をわずか5センチ四方の紙で折るには、細部は指では不可能。折り筋が1ミリでもずれると形に微妙な歪みが生じるので、ピンセットや針、先をさらに削った爪楊枝などを駆使する。
この秋には、ロールス・ロイスのボンネットの先端に鎮座する像「スピリット・オブ・エクスタシー」の制作をエキシビション用に依頼された。イギリスの高級車の公式マスコットを和紙で折る。和紙のたおやかさが女神の姿を見事に表現している。
「とても繊細な姿で再現するのは難しかった。何度も試作してやっと出来上がりました。難しいほど考えるのが楽しいんです」
現在、ドラゴンをさらに進化させワイバーンに挑戦する構想を温めている。ワイバーンはドラゴンの頭に蝙蝠(こうもり)の翼、1対の鷲(わし)の脚、蛇の尾を持ち、イギリスで紋章によく使われる。何やらとても難しそうだ。
「漆職人の方とコラボして、自分で漉いた紙に漆塗りをしてもらっているんです。試作した紙がとてもカッコよかったのでそれで折りたい。紙からインスピレーションを受けて折り方を考えていきたいんです」
師匠と二人三脚で、和紙の可能性も折り紙の可能性も相乗効果で広がっていくのではないか。消えていく和紙が多い中、師弟のそれぞれの熱い思いはそんな未来が描けそうな予感を生む。果たして来年、どんなワイバーンが空を飛ぶのか。ワクワクしながら楽しみに待つことにしよう。
石塚定人=写真
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