2022年12月5日(月)

この熱き人々

2019年12月25日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

折り紙にのめり込む

 有澤が初めて折り紙と出会ったのは幼稚園の頃。普通は誰もが幼稚園で折り紙と出会うが、兜や船の折り方を教わり、小学校で鶴が折れて何となく終わる。有澤の場合、幼稚園から一目散に折り紙の世界に突入している。いったいどんな出会い方をして幼い心に折り紙の魅力がとりついたのか。

 「一番古い折り紙の記憶は、テレビ番組で折り方が紹介されてそれを見ながら自分も折ったこと。できた立体を押すとポコッと広がるのが面白くて、幼稚園で折ったらみんなにすごいねと褒められたのがうれしくて。その頃から手を動かして何か作ること、粘土細工や紙工作で切ったり張ったりするのが好きになったんです」

 手先が器用で立体を作るのが大好きな5歳児は、たまたま褒められた喜びが加わって折り紙がさまざまな工作の中で一歩リード。小学校3、4年になると、図書館から折り紙の本ばかり借りてきて片っ端から折っていったという。

 「どれも簡単に折れるようになると、達成感を求めて一番難しそうな本を探して、一番難しそうな作品にトライして、全部余裕で折れた。だから自分は何でも折れると思っていたんですけど、小学校6年の時に今でも尊敬する折り紙作家の神谷哲史(かみやさとし)さんのすごく難しそうな本を手に入れて挑戦したら、全然折れなかったんです」

 当時、いろいろなジャンルの人がその部門の頂点を目指して競う「テレビチャンピオン」という番組があり、折り紙選手権でチャンピオンになった神谷の名前は、すごい人という印象とともに有澤の心に刻まれていたという。

 「自分にも折れないものがあるという衝撃と悔しさが、さらに折り紙にのめり込むきっかけになったと思います。何度も失敗して、中学に入った頃にやっと折れるようになりました」

 苦戦した神谷の作品が「ドラゴン」。同じドラゴンでも有澤の作品とは作風が違う。「神谷さんのドラゴンは造形が素晴らしいんです。そこでは敵わないと思ったので、僕は紙にこだわって質感を表現することに重点を置いています」

紙の質感にこだわった躍動感あふれるドラゴン

 神谷のドラゴンが折れるようになったその頃から、独自の折り方を考えて本にはない作品を作るようになった。それまでは折り方を考案することは自分にはできないと思っていたというが、ある時何気なく紙を折っていたらギラファノコギリクワガタの角ができていた。

 「僕は虫も大好きで、中でもギラファノコギリクワガタが一番好きだったんですが、どの本を見ても折り方が載っていなかった。どうしても折りたくて自分で作るしかないと思っていたんです。そうしたら、まぐれでできちゃった。今思っても、当時の自分がよく考えたなというくらい難しいのに、うまくできているんですよ」

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