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2019年12月19日

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川瀬剛志 (かわせ・つよし)

上智大学法学部教授

上智大学法学部教授。専門は国際経済法。慶應義塾大学法学部卒業、ジョージタウン大学法科大学院修士。経済産業研究所ファカルティ・フェローも務める。著書に『WTO紛争解決手続における履行制度』『地球温暖化対策と国際貿易-排出量取引と国境調整措置をめぐる経済学・法学的分析-』(ともに共編著)。

米国が主張する上級委員会の「行き過ぎ」

 米国が上級委員の選出をブロックする最たる理由は、上級委員会が与えられた権限を大きく逸脱して本来の条文の文言を超えた解釈を行い、実質的に新しいルールを作り出すことにより、加盟国の権利を侵害している点にある。米国はこの傾向が特に貿易救済措置に関する協定(ダンピング防止(AD)協定、補助金・相殺措置協定、セーフガード協定)の解釈で顕著であることを問題視している。

 実は米国がこうした不満を言い出したのは、今に始まったことではない。遡ること、2000年代初頭のブッシュ政権1期目の時代から、米国議会は上級委員会の権限踰越(最近では“overreach”と言われる。以下本稿では「行き過ぎ」と訳す)を懸念しており、政府に対応を求めてきた。ブッシュ大統領1期目の選挙もトランプ政権と同じく鉄鋼産業の衰退に悩む中西部の「ラストベルト」での激戦を制しての勝利であり、鉄鋼産業の保護は民主、共和両党の重要課題であった。よって、大統領選前後の1990年代末から2000年代初頭にかけて、多くの保護主義的な貿易救済措置(AD税、相殺関税、セーフガード措置)の発動や通商立法が行われた。日本やEUを中心に米国の貿易相手国はこれを次々とWTOに提訴し、勝訴したが、こうした事件での上級委員会の判断が米国議会に「行き過ぎ」と批判された。

 上級委員の選任拒否自体も、今回が初めてではない。米国はオバマ政権下でも2016年に張勝和(チャン・スンファ)委員(韓国、ソウル大学教授)の2期目選任を拒否し、張委員は1期で退任を余儀なくされた。この時も、米国の主張によれば、張委員が担当案件の報告書で個別紛争の解決に不要な法的議論を延々と展開したり、紛争当事国の主張・請求から乖離した独自の基準でパネル報告を審査したりした、とされている。そして今回2017年7月以降のプロセスでもこの問題関心の延長で、個別の委員候補の忌避ではなく、遂に全委員の後任指名を拒否するようになった。

 上級委員会の解釈の「行き過ぎ」の代表例としてあげられるのは、米国・バード修正条項事件(DS217/234、2003)の判断である。米国は、外国からのダンピングや補助金で損害を受けた産業がAD税や相殺関税の発動を申請し、課税された場合、その税収をこれらの産業に分配した。これをWTO協定で認められていないダンピング・補助金への対抗措置であるとして、上級委員会は米国の協定違反を認定した。しかし米国は国内産業への補助金は他国の通商を阻害しないかぎりWTO協定上認められており、上級委員会は解釈と称して新たな補助金禁止のルールを作り出したと批判している。

 また、米国・中国産品AD税及び相殺関税事件(DS379、2011)の判断も米国の怒りを買った。本件で上級委員会は、国有企業が政府と同じように補助金交付の主体として規律されるには、単に政府が株式を過半数保有しているだけでは不十分であり、問題の国有企業に政府の権限を付与されている必要があると判断した。この結果米国は、相殺関税によって中国の国有企業を通じた安価な原材料提供や政府系金融からの低利融資を実効的に規制することが難しくなった。

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