WEDGE REPORT

2019年12月19日

»著者プロフィール
閉じる

川瀬剛志 (かわせ・つよし)

上智大学法学部教授

上智大学法学部教授。専門は国際経済法。慶應義塾大学法学部卒業、ジョージタウン大学法科大学院修士。経済産業研究所ファカルティ・フェローも務める。著書に『WTO紛争解決手続における履行制度』『地球温暖化対策と国際貿易-排出量取引と国境調整措置をめぐる経済学・法学的分析-』(ともに共編著)。

上級委員会なきWTOの今後

 こうして12月11日を迎えた上級委員会だが、当初は退任するグラハム、バティア両委員が、先の“Rule 15”に基づいて、ひとり残る趙委員と粛々と上訴中の案件を処理すると見られてきた。しかし上級委員会改革の進捗状況と上級委員会事務局の官僚支配に不満を持つグラハム委員が、ここへきて“Rule15”での審理継続に難色を示したという(Bloomberg 2019.12.2)。このため、12月9日現在で15件(うち2件は審理併合されており、実質14件)あった上訴案件のうち、既に口頭聴聞が終わっている豪州・タバコ包装事件(DS435(ホンジュラス)、DS441(ドミニカ共和国))、米国・上質紙相殺関税事件(DS505)、およびロシア・鉄道機材事件(DS499)の4件(豪州・タバコ包装事件は審理併合されているので実質3件)は3月までに報告書を公表する予定だが、それ以外は宙に浮くことになった。この事態を受けて、10日にモロッコ・熱延鋼板AD税事件(DS513)の当事国が上訴を取り下げ、パネル報告書(モロッコ敗訴)の採択で合意した。

 以後WTOの紛争解決手続はどうなるだろうか。最も有力なシナリオは、パネル報告が上訴され、その一方でこれを審理する上級委員会がないので、宙に浮いたままの案件が堆積する、というものである。加盟国はこうしたWTO紛争解決手続の実効性と存在理由を損なう愚を犯すことに対する他の加盟国の評価を気にするため、これが「ニュー・ノーマル」にはならない、という意見もある。しかし、敗訴した被申立国としては、「徹底的に戦った」という国内への政治的説明、当面の措置撤回や対抗措置の回避など、とりあえず上訴で棚上げするオプションの魅力は大きい。直近では、上級委員会の機能停止直前にパネル報告書が配布され、まだ上訴の有無の結論が出ていない豪州・コピー用紙AD税事件(DS529)における豪州、インドネシアの動向が試金石になるだろう。

 もちろん、今後上級委員会が機能しない間、当事国がパネルの判断を上訴せずに最終的なものとして受け入れ、報告書を紛争解決機関(DSB)で採択することもあり得る。実際にインドネシア・鉄鋼製品事件(DS496)においては、ベトナム・インドネシア両当事国間でこうした合意がなされている。

 また、目下の米中の状況を見ればわかるように、WTO紛争解決手続に基づく問題解決が不十分なら、一方的な関税引き上げ等の対抗措置に訴えるケースが増えてくることも予想される。こうした措置自体がWTO協定に整合しないことは論を待たないが、これを裁くWTO紛争解決手続それ自体が機能しないとすれば、一方的措置に訴えることを躊躇しない国は増えるだろう。

 こうした事態を防ぐべく、EUはDSU25条が定める汎用性のある仲裁手続を代用し、上訴に代わる審査を行う暫定手続を提案している。この暫定手続の採用につき、EUは既にそれぞれカナダ、ノルウェーと合意した。また、中国もこれを支持する方向を示唆しており、日本をはじめ、豪州、アルゼンチン 、ブラジルといった主要国も関心を示しているという(Bloomberg 2019.12.10)。無論米国はこれに乗ることはないが、EUはこの暫定手続の実効性を担保するため、上訴による「棚上げ」を狙ってこの手続を拒否する国には即時に対抗措置を発動すべく、法整備に着手した。

 特に米国とEUの司法観の開きが大きいことは先に述べたが、この現状が短期的に好転する見通しは立たない。特に来る2020年秋のアメリカ大統領選挙まで事態は動かないと見る向きが少なくない中で、当面はEUの試みにどこまで支持が広がり、打開策になるかが注目される。

  
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。

関連記事

新着記事

»もっと見る