2024年7月19日(金)

オトナの教養 週末の一冊

2012年4月26日

――松下さんはそうした右翼と呼ばれる人たちとの付き合いが多かったのでしょうか?

牧:松下さんはホー・チ・ミンと若いころから友人だった仏文学者・小松清やプロレタリア作家として有名な小牧近江らとも深い付き合いがありました。アジア解放という視点では、あの時代は右も左もなかったのではないでしょうか。たとえば、2.26事件の青年将校たちは、心情的には日本の貧しい人たちを守るためにクーデターを起こした。彼らは戦後、ファシストの典型のように言われますが、彼らの哲学や思想は、貧困に苦しむ日本国民をいかにして救うのかというのがスタートであり、右も左も心根は一緒だったのではないでしょうか。

――現在、ベトナムは経済面で注目を浴びています。どう見ていますか?

牧:今は多くの日本企業が進出し、日本資本による新幹線や原子力発電所の建設さえ話題に上っています。人件費も中国に比べれば安いので、日本の企業も中国からベトナムへ流れているのが現状です。

 現在のベトナムは、日本の昭和30年代から40年代にかけてのような雰囲気です。ホーチミンやハノイへ行けば、オートバイがあふれ、交通手段がやっと自転車からオートバイへ移行した段階です。本格的なクルマ社会の到来はこれからです。経済的にはこれからもっと発展していくのではないでしょうか。

 ただ、ベトナムの政治は共産党の一党独裁です。そこは考えなければならない。たとえば、私は去年、ベトナムのダナンという遠浅の美しい海岸線が続く街へ取材に行きました。ダナンの海岸線には、高級なリゾートマンションや一戸建てが建設されていた。同行した通訳に、誰がこんな高級なマンションや一戸建てを買うのか尋ねたところ、政府の要人やロシアの富豪だという。結局、中国にしてもベトナムにしても、お金を持っているのは政府関係者や共産党に近い人たちです。そういった権力を使える人が経済の世界も独占しているのです。自由や民主主義といった共通の理念を持つ国ではない、ということを認識しておく必要がありますね。

――本書をどんな人たちに読んで欲しいですか?

牧:ベトナムに関心のある人たち、特にベトナムで事業を展開しようと考えている人には是非読んでもらいたい。利益を上げればよい、というのではなく松下さんのようなベトナムのために何が出来るのか、という心持ちで事業を展開していただきたい。できればベトナムの現体制の人たちにも読んで欲しいですね。

 ベトナムの現在の歴史の教科書からは、フランスからの独立を支援した松下さんや大川塾出身の青年たちの話は消されたままです。松下さんや大川塾の人たちは戦後、日本のアジア侵略の先兵だったとして否定され続けたが、彼らはベトナム独立のために命をかけて尽力したのです。日本とベトナムは友好的に助け合った過去がある。そういった近現代というスパンで歴史を認識して欲しいと思います。

牧 久(まき・ひさし)
ジャーナリスト。1941年大分生まれ。64年、早稲田大学第一政治経済学部政治学科卒業。同年、日本経済新聞社に入社。東京本社編集局社会部に配属。サイゴン・シンガポール特派員。名古屋支社報道部次長、東京本社社会部次長を経て、89年、東京・社会部長。その後、人事局長、取締役総務局長、常務労務・総務・製作担当。専務取締役、代表取締役副社長を経て2005年、テレビ大阪会長。現在、日本経済新聞社客員。著書に『サイゴンの火焔樹―もうひとつのベトナム戦争』『特務機関長 許斐氏利―風淅瀝として流水寒し』(各ウェッジ社刊)がある。


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