評価が大逆転した栄養素:食物繊維
栄養学は豹変する……これは私が尊敬する栄養学者の言葉。たしかに栄養学は、数学や哲学や天文学などに比べれば、はるかに歴史の浅い学問だ。近代栄養学は大きな世界大戦(第一次世界大戦、第二次世界大戦)で飛躍的に進歩したのだから、まだ百年チョットの歴史しかない。その割には、人々の生活に大きな影響を与えるので、とりわけ、このところ急速に進歩している。
そのため、少し前までは「悪玉」といわれていた物が急に「善玉」になったり、その逆だったりと、その評価が大きく変わることも少なくない。食物繊維もその1つだろう。
そもそも食物繊維は「繊維状のいかにもスジスジした成分」のことではない。食物繊維の定義は「ヒトの消化酵素では消化されにくい、食物に含まれている難消化性成分の総称」である。簡単にいうと「口から食べても消化・吸収されずに便として肛門から出て行く成分」となろうか。
「体内に吸収されないのだから、栄養的には何の役にも立っていないはずなので、そもそも栄養素とはいえない」と、50年ほど前までは考えられていた。しかし1971年、イギリスのバーキット博士が、アフリカの調査で「食物繊維(ダイエタリー・ファイバー)の摂取量が多い(つまり大便の量が多い)人では大腸ガンになる人が少ない」ことを発表。それ以来、食物繊維は「栄養素ではないが、口から入って肛門から出ていく過程で、発ガン物質を体外に排出したり、大腸壁をきれいにしたり、などの栄養的な働きをする」ことが推測されるようになった。
「何の役にも立っていないし、栄養素とさえいえない」という評価から、「便秘を解消し、ある種のガンや多くの生活習慣病の予防にも役立つ」という、きわめて高い評価を獲得する成分となった。現在では、食物繊維を栄養素の1つとして評価する研究者が多い(中には今でも「栄養的な働きはするけれども、体内に吸収はされないので栄養素とはいえない。栄養成分というのが正確である」とする研究者もある)。
現実的に「食物繊維の多い食材」とは?
そんな食物繊維(のほとんど)は炭水化物に分類されている。炭水化物はタンパク質・脂質と並んで「カロリーを有する3つの栄養成分グループ」の1つだ。かつてはこの3つを「三大栄養素」と呼んでいたが、近年では、カロリーを有するというだけで「三大」と表現するのはいかがなものか、ということから「エネルギー産生栄養素」と呼ぶようになった。
炭水化物は糖質と食物繊維に大別される。炭水化物の中で、消化・吸収される成分が糖質で、消化・吸収されない成分が食物繊維。糖質は、さらに、単糖類・二糖類・多糖類に分けられる。ご飯やパンや麺の主成分であるデンプンは多糖類である。
単糖類(ブドウ糖など)と二糖類(ショ糖=砂糖など)は口に入れると即座に甘さを感ずるので「糖分」とひとくくりにすることもある。これに対してデンプンはすぐに甘さを感ずることはなく、噛んでいると(口の中で分解されて)しだいに少しずつ甘さを感ずるようになる。これはご飯などで経験ずみのはず。
整理すると、炭水化物の中で消化・吸収されない物が食物繊維、消化・吸収される物が糖質。糖質の中で甘い物が糖分、すぐには甘さを感じない物がデンプン。
炭水化物の中でも、単糖類と二糖類は「甘い」のでほとんどの人が大好き。故に不足することはほとんどない。デンプンは「主食」に含まれているので、これも不足することはまずない。問題は食物繊維。これは「甘くない」あるいは「固くて食べにくい」などの特徴を持つことから、不足しやすい成分だ。