1年前、「ブラジルのトランプ」とも呼ばれたジャイール・ボルソナーロが同国大統領に就任した。ボルソナーロは、そのポピュリスト的で粗野な言動から大いに警戒されたが、政治的に様々な問題を抱える中南米地域の中では、この1年に限ればブラジルは比較的安定していた。また、長年の懸案であった年金改革法案が成立したこともあり、2020年には2%の経済成長が見込まれる。これに対し、エコノミスト誌1月2日号の記事‘A Year of Jair Bolsonaro’は、「ボルソナーロ大統領就任後1年を経てブラジル経済は上向きとなり年金改革法案も成立したが、それはゲデス経済相の手腕によるもので、ボルソナーロのネガティブな要素は一向に改善されておらず、このままブラジルがボルソナーロの下で発展して行くとしても失うものも大きいであろう」と警告している。ただ、この記事の見方は少し一面的なようにも思われる。
確かに、ブラジルが必要としている経済構造改革には、更に、税制の簡素化や規制緩和、歳出削減や行政機関のスリム化、国営企業民営化、市場の開放などがあるが、いずれもそう簡単ではなく、様々な抵抗勢力もあり難航が予想されている。
他方、ボルソナーロの舌禍癖も全く改善されておらず、アマゾン熱帯雨林破壊問題もあり、フランス、アイルランド、オーストリアは、メルコスールとのFTAの批准に反対を唱えるといった実害も生じている。公約の柱の1つであった汚職対策も、政権人事の目玉であったモロ法相が判事時代の業績に味噌をつけられ、息子が疑惑の対象となるなどすっかり色あせている。
最悪のシナリオは、何らかのきっかけでチリのような民衆の抗議行動が起き、これに警察当局が暴力的に対応して、一気に政情不安に陥ってしまうことであろう。ブラジル民衆は、数年前までの反政府、反汚職デモや大統領選挙でエネルギーを発散した状況にあるようである。もっとも、貧困層対策の必要性は増しており若者の雇用機会不足等の問題もあり、そのような状況が改善されなければ政権に対する不満が蓄積されていく可能性はあろう。ボルソナーロも失業問題につながるような行政改革には消極的でこの面では改革にブレーキをかけており、そのようなリスクも意識しているようである。
他方、種々の改革アジェンダの中には、一般民衆の既得権に関わらないようなビジネス関係の税制の簡素化や規制緩和等もある。少しでも経済改革が進めば、これまでがひどかったが故に投資家は好感を持ち経済は更に好転し、政権にとって追い風となり得るのではなかろうか。上記のエコノミスト誌の記事は、「環境や汚職対策は進展していないか後退しているかのいずれかだ」と嫌悪感をあらわにするが、そのような事態が継続或いは深刻化したとしても、また、EUがアマゾン熱帯雨林破壊を理由にメルコスールとのFTA批准に難色を示したとしても、ボルソナーロは、中国企業やアラブ産油国等がビジネスパートナーとして期待できると思っているようである。
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