チリは美しい国だ。アンデス山脈に沿い南北に長く伸びる国土の南部には氷河で有名なパタゴニアもある。日本からチリに行くには、まずニューヨークに飛び、そこから夜行便か、あるいは欧州経由で首都サンチャゴに入るのが普通だろう。乗り換え時間を合わせると1日半必要になる。数度仕事の関係で訪問したことがあるが、首都サンチャゴの住宅地の整備ぶりは先進国と言ってもいいほどだ。
チリ国内の地方を訪問することになった時、知り合いのチリ人実業家から「ならば近くにあるうちの別荘に泊まればいい」と言われた。地方までの移動手段を尋ねたところ、いとも簡単に「自家用機だが別荘横には飛行場があるから心配しないでいい」と言われ驚いた経験がある。実業家は中小企業を経営しており、それほど大きな会社の経営者ではなかったが、飛行場付きの別荘を持っているのだ。実際に別荘を訪問したが、別荘といいながらかなりの数の客室が別棟で整備されており、まるでホテルのようだったので、さらに驚いてしまった。
チリは豊かな国だが、貧富の格差が激しい国だ。所得格差を表すジニ係数(1が最も不平等が高く、0が完全に所得が平等。つまり1に近いほど格差が大きいことを表している)は、経済協力開発機構(OECD)諸国の中では最も高い。格差の拡大などに関する国民の不満は大きく円貨換算117円の地下鉄料金の4円の値上を切っ掛けにサンチャゴをはじめとした街で暴動が発生した。11月中旬に予定されていたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議の中止に続き、12月に予定されていた気候変動枠組み条約第25回締約国会議(COP25)も中止になり、同じスペイン語のマドリードに会議場は移されることになった。
地下鉄料金値上げが切っ掛けとなり爆発した国民の不満の原因は、米中貿易摩擦の影響により主要輸出品である銅の価格が下落したことなどによる景気低迷だ。ペソの下落により輸入品の価格、必需品の電気料金などが上昇し生活を直撃したことも国民の不満を高めた。さらに、エネルギー・環境政策において所得が高い先進国と同じような政策をチリが実施したことにも遠因はありそうだ。
南米の優等生チリ
チリは南米の優等生だ。南米主要国の人口と1人当たりの国内総生産額(GDP)は表-1の通りだ。チリのGDPは2003年から2013年の間年平均4.7%の伸びを示していたが、2014年からは成長が鈍化し、2017年にかけては年平均1.8%の成長に留まっている。それでも、過去20年間で実質GDPは約2.2倍になっている。
1975年チリの1人当たりGDPはアルゼンチン、ブラジル、ペルーよりも低かったが、2001年第2次世界大戦前世界で最も豊かな国の一つと言われたアルゼンチンを抜き去り南米一豊かな国になった。ちなみに、かつて米国では「あなたはお金持ちですね」と直接的に伝えるのが憚られる場合には、「あなたはアルゼンチン人みたいですね」と表現することがあったと、経済学者ポール・クルーグマンの著書で紹介されている。アルゼンチンは米国以上に豊かな国だったということだ。
国は豊かになり、1人当たりGDPも成長したが、チリは格差問題を抱えている。OECDによると、加盟国中もっともジニ係数が高い国はチリだ。がつて格差是正を訴えたウォール街占拠運動があった米国も上回る所得格差がある(図-1)。所得が多い上位0.1%の世帯が全所得の19.5%を、上位10%が41.5%を占め、下位10%の世帯所得は1.7%との推計もある。
2014年から減速が始まったチリ経済は、米中貿易摩擦の影響を受け最大の輸出品目、銅の価格が下落し、さらに通貨ペソも下落し始めた。その影響は輸入品価格の上昇に繋がり格差が大きい社会で不満を広げることになった。