2024年12月22日(日)

WEDGE REPORT

2019年12月10日

サンパウロ市内(Ranimiro Lotufo Neto/gettyimages)

 ブラジルのパウロ・グエデス財務相が快挙を成し遂げた。国家公務員の年金制度にメスを入れたのだ。これまで、その余りに巨額な支出が国家財政をむしばむ最大の原因と言われながら、誰もが切り込むことができなかった聖域だ。グエデス財務相は、ブラジルが抱える30年来の課題をついに解決した、と胸を張る。

 その勢いをかって、さらに他の宿弊にも切り込む構えだ。グエデス財務相の拠って立つ思想は新自由主義だ。政府をスリムなものにし、市場の活力を取り戻す。しかし、そのまさに同じ思想が隣のチリで民衆により否定された。チリ国民は、新自由主義の下で拡大した格差に怒り、政府に抗議の狼煙を上げる。ラテンアメリカが抱える問題の解決に、果たして新自由主義は有効なのか、無力なのか。

 10月22日、ブラジル議会は国家公務員年金制度改革法案を可決した。これにより、向こう10年にわたり1960億ドル(約21兆円)が削減されるという。年金制度は国家公務員に対し、一般国民とはかけ離れた待遇を保証するものとして長く批判の対象となってきた。ブラジルの財政は債務が膨らみ既に火の車だ。その最大の元凶が年金制度だ。これを改革しなければならないことは誰もが分かっている。しかし、63万の国家公務員を擁する組合が歴代政権の改革案をことごとく闇に葬ってきた。それを今回、グエデス財務相がついに成し遂げた。どうしてそれができたのか。

 最大の要因は、国民の支持だ。

 ブラジルは2000年代、折からの資源価格高騰に乗りかつてない成長を謳歌、21世紀の期待の星と言われたものの、2014年から2016年のディルマ・ルセフ大統領の下で失速、2014年から2017年の間、一人当たり国民所得の実に10%を失うに至る(拙稿『ブラジルにも「極右政権」が誕生か?』参照)。これに追い打ちをかけるかのようにブラジル最大の国営石油会社ペトロブラスを巡る汚職事件が発覚、調査を進めるに従い、与野党を問わず有力政治家の悉くが私腹を肥やしていたことが判明、国民の怒りが頂点に達した。2018年10月の選挙で国民がボルソナロ氏を大統領に選んだのはブラジルがこういう状況にあったからだ。

 つまり、経済がどん底に沈み、右も左も、政治家たる者の全てが汚職にまみれている事実を突きつけられ、国民はこのままではブラジルが立ち行かないことをようやく思い知った。国民は、既成政党に愛想を尽かし、結局、異端の極右政治家に後事を託した。つまり、今、ジャイール・ボルソナロ大統領には強い順風が吹いているのだ。今や、同氏はこの風を利用し、長年の懸案に一気にケリをつける最大の好機を手にしている。

 第二は、議会の支持だ。

 議会はこれまで既得権益層の利益代弁機関でしかなかった。過去の改革案はこの議会をどうしても通過することができなかった。しかし、今や、改革を求める国民の声を前にして議会に抗う術はない。下手に抵抗すれば議員の再選すらおぼつかない。「ブラジルの歴史で前代未聞の事態だ。議会は長く政権の盲腸に過ぎなかった。今や、議会の存在意義を示す時がきた」と、ロドリゴ・マイア下院議長は言う。そのマイア議長が上院のダヴィ・アルコルンブレ議長と一緒になって年金改革法案審議に辣腕を振るった。今回の偉業の功労者といっていい。


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