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2020年1月21日

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出井康博 (いでい・やすひろ)

ジャーナリスト

1965年、岡山県に生まれる。ジャーナリスト。早稲田大学政治経済学部卒業。英字紙「ニッケイ・ウイークリー」記者、米国黒人問題専門のシンクタンク「政治経済研究ジョイント・センター」(ワシントンDC)客員研究員を経て、フリー。著書には、『移民クライシス 偽装留学生、奴隷労働の最前線』(角川新書)、『ルポ ニッポン絶望工場』(講談社+α新書)、『長寿大国の虚構 外国人介護士の現場を追う』(新潮社)、『黒人に最も愛され、FBIに最も恐れられた日本人』(講談社+α文庫)などがある。

ほとんどが「通訳業務」

 配属先となったのは海外事業担当の部署だ。そこでハイ君が与えられた仕事は、ほとんどが「通訳」だった。ベトナムの現地法人からの連絡にベトナム語で対応したり、社内の文書を翻訳するといった仕事である。

 会社はOJTの一環と考えていたのだろう。新入社員にはまず、業務について理解してもらわなければならない。しかし、ハイ君は次第に不満を募らせていく。

 「僕は通訳として会社に入ったわけではありません。日本人と同じように、バリバリ仕事がしたかった」

 会社では一人、朝から晩まで机に向かう日々が続いた。

 「仕事でわからないことがあると、日本人の先輩に相談したことはありました。でも皆、忙しそうで……。だんだん、僕の存在が迷惑なように思えてきました」

 社内には技術職のベトナム人こそいたが、文系の社員はハイ君が初めてだった。外国人社員の扱いに不慣れで、意思疎通がうまくいっていなかったのだ。

 留学生の採用や指導に関する仕事には、いつになったら就けるのか。何年待てば、ベトナムに赴任できるのかーー。人事の担当者に尋ねても、「まだわからない」という答えしか返ってこない。

 ハイ君が入社した会社は創業100年近い老舗企業だ。年功序列と終身雇用の伝統も残っている。一方、外国人社員は入社当初から第一線で仕事することを望む。転職も日本人以上に厭わない。そこに齟齬が生じてしまうのだ。

 会社と寮を往復するだけの毎日で、ハイ君は孤独感を深めていく。残業も多く、ベトナム人の友人たちと会う時間もなかった。

(いつまで、こんな毎日が続くのか……)

 自問自答しているうち、ハイ君はついに胃潰瘍でダウンしてした。

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