ほとんどが「通訳業務」
配属先となったのは海外事業担当の部署だ。そこでハイ君が与えられた仕事は、ほとんどが「通訳」だった。ベトナムの現地法人からの連絡にベトナム語で対応したり、社内の文書を翻訳するといった仕事である。
会社はOJTの一環と考えていたのだろう。新入社員にはまず、業務について理解してもらわなければならない。しかし、ハイ君は次第に不満を募らせていく。
「僕は通訳として会社に入ったわけではありません。日本人と同じように、バリバリ仕事がしたかった」
会社では一人、朝から晩まで机に向かう日々が続いた。
「仕事でわからないことがあると、日本人の先輩に相談したことはありました。でも皆、忙しそうで……。だんだん、僕の存在が迷惑なように思えてきました」
社内には技術職のベトナム人こそいたが、文系の社員はハイ君が初めてだった。外国人社員の扱いに不慣れで、意思疎通がうまくいっていなかったのだ。
留学生の採用や指導に関する仕事には、いつになったら就けるのか。何年待てば、ベトナムに赴任できるのかーー。人事の担当者に尋ねても、「まだわからない」という答えしか返ってこない。
ハイ君が入社した会社は創業100年近い老舗企業だ。年功序列と終身雇用の伝統も残っている。一方、外国人社員は入社当初から第一線で仕事することを望む。転職も日本人以上に厭わない。そこに齟齬が生じてしまうのだ。
会社と寮を往復するだけの毎日で、ハイ君は孤独感を深めていく。残業も多く、ベトナム人の友人たちと会う時間もなかった。
(いつまで、こんな毎日が続くのか……)
自問自答しているうち、ハイ君はついに胃潰瘍でダウンしてした。