この熱き人々

2020年4月23日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

 山高神代桜の調査を依頼されたのは2002年。ソメイヨシノの母方とされるエドヒガンで、三春滝桜(みはるたきざくら)(福島県)や淡墨桜(うすずみざくら)(岐阜県)とともに1922年に日本で初めて桜の天然記念物に指定された樹齢2000年とされる古木は、枯死は時間の問題といわれていた。

樹勢が回復しつつある山高神代桜

 しかし、2000年とはあまりに長生き過ぎないかという素朴な疑問が……。

 「日本武尊(やまとたけるのみこと)が植えたという伝説があるくらいですから。桜は幹の中心部分が腐ってくるので正確な樹齢の把握は難しいんですが、おそらく鎌倉時代の後期、生まれたのは1300年か1400年頃ではないかと想像しています。相当に危険な状態でした」

 なぜ弱ったのか。どうすれば樹勢が回復するのか。

 「天然記念物に指定されて、以前は自然に囲まれた寺の中にある大きな古木だったのが、みんなの目がこの桜にだけ集中してしまう。人が見に来るから立派な雰囲気にと根を切って石積みの囲いを造り、道をアスファルトにするために小川を5メートルほど動かすなど完全に環境を変えた。その結果、30年も経つと大枝は少なくなり根は枯れて台風で幹は折れてしまった。傷口から水が入ると本体が腐ってしまうから今度は屋根を造った。すると根元が乾いてしまう。人間がよかれと思ってしたことが桜にとっては裏目に出ていたんですね」

 和田の結論はすべての土を入れ替えること。桜は浅いところに根を張るのでその部分の土が大事で、畑の土、堆肥、微生物を増やすためのボカシなども加えて、4年かけて300トンほどの土を入れ替えた。

 「地元の樹木医の方とふたりで、枯れたら俺たちの責任だよねって話してました。10年くらいは状況に波があってハラハラしていましたが、今はよくなっています。地元の人たちが、夏場に日が当たって土が乾き過ぎるのを防ぐために小川からポンプで水を汲んで面倒をみてくれたことも、大きな力になったと思います」

樹木のもつ力を信じる

 同時進行で関わった伊豆大島の桜株も、東京で唯一の特別天然記念物。度重なる三原山の噴火による溶岩流を避けて生き抜いた桜は、ソメイヨシノの父方であるオオシマザクラの古木。1965年から徐々に大枝が傾き始めて倒れてしまった。それでも芯の幹は残り、そこから根が伸び枝が出て生き延びていたが、2006年の暴風雨で幹が倒れ和田の出番となった。

 「ここでしたことは、人が入り込むのがよくないので観察できるデッキを設けたくらいです。あとは生命力が旺盛なこの桜の力で再生して、今では横たわったところからも根を下ろしてぐーんと枝が起き上がって森のようになっています。植物は一度根付いたら動物のようによりよい場所を求めて移動することができません。それゆえに環境に合わせて生き抜くしぶとさがあります」

 ガードレールに阻まれた木は、そこに身を固定させて倒れず楽に伸びるようにガードレールを飲み込み始めるという。門被りの松は添え木につかまって伸びていく。

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